人気ブログランキング |

灼熱の太陽のもと、今回も元気に露天風呂作りを開催しました☆


と、言いたいところですが、リーダーのシキウス、どうも日本の暑さに耐え切れず、やる気がなくなっているようです。
と、そこへ、風呂の中から仏様が現われて、シキウスを諭すという話。例によってみんな台本を棒読みです(笑)

建築仲間のマサに風鈴を貰って、暑さを乗り越える知恵を学んだシキウスは、井戸でスイカを冷やすアイデアを思いつき、実践しました。

c0177665_11392179.jpg


さてさて、そんなこんなで作業開始です!!

今回は、
①やぐら作り ~井戸と湯沸しタンクの上に屋根をつける~
②草木染めで暖簾(のれん)作り ~究極のチラリズムを求めて~
③石畳作り ~カランコロン~
をやりましたよ。


まずはやぐら作りから。
①森林組合で購入した細めの材を柱に使います。規格外なので1本400円の特価。まずは皮をむいて、②毎度おなじみの光景、木の足元を焼きます。掘っ立てにするので腐りにくくするためです。このクソ暑いのにすごいです。写真のコントラストで暑さが伝わってきます・・・。③柱を入れる穴を4箇所掘って、④柱を建てました。
c0177665_11582460.jpg


お次は、①柱に掛ける梁や桁(ケタ)を組み合わせるための臍(ホゾ)を作ります。そんなのどうやって!?という感じですが、先ほど風呂から出てきた仏様、通称「地蔵さん」は、3年前に農場に遊びに来てくれたのですが、その後、大工になっていたのです。②その彼の知恵と力と道具をふんだんに借りて、やぐら作りは進みます。③みんな言われたとおりにやってます。柱は近所で家を解体していたので、声掛けしてタダで貰ってきました。
c0177665_12125081.jpg


①梁を乗せて打ち込んでます。上から、②左右から打ち込みます。柱の高さが違っているのは、片流れの屋根にするためです。③④真ん中にもう一つ支えを作って、⑤桁を乗せます。けっこう高い所で作業してます。⑥⑦この上に屋根を乗せる土台になる垂木を掛けていきます。c0177665_13484266.jpg


さて、ここで一旦、爽やかな染め物作りを覗いて見ましょう!
①びわの葉っぱを採取して、③煮出して染め液を作ります。④それぞれ思い思いに絞って、暖簾に柄がつくようにします。⑥きれいなピンク色になりました。⑧ちらっ。*暖簾はスタッフのやっちゃんが事前に白いシーツを縫って作ってくれましたよ☆
c0177665_13132196.jpg


戻ってきてやぐら作りの続き。①屋根はタダで貰ってきたバタ材(丸太を角材にした時に出る皮に近い部分)を焼いて張っていきます。②黒くてけっこうかっこいいです。が、規格品ではないので、隙間ができないように組み合わせて並べて打ち付けていきます。なかなか難しい④あと一歩のところで、板の数が足らなかったので、途中まで。
c0177665_13235560.jpg


石畳は、①イシウス指導のもと、②「ビシャン」という石を叩く道具で、つるつるの石をごわごわに削ります。1個につき1時間ほど叩き続けました。みんな黙々と作業。初めての経験でけっこう楽しかったです。④並べてみました。キャー、カランコロン、音が聞こえてきそうですねっ!c0177665_14133211.jpg


暑いので、お昼は流しラーメンにしました。え?そーめんじゃなくてラーメン!?という感じですが、超オススメです。流しそーめんに飽きた方はぜひ流しラーメンを!値段もそーめんと同じくらいです。木を焼いた後の残った火でお湯を沸かしてガス代節約です。
c0177665_1331325.jpg



今回はとりわけ暑い中での作業になりましたが、無事に一人も倒れる事なく、予定していた作業を全て終える事ができました!!
c0177665_13365090.jpg
いよいよクライマックスへの序章が始まります!!
シキウスは無事に風呂を作ってもとの世界へ戻れるのか!?
イシウスとの関係は!?恋の行方は!?ウッドデッキは!?
深まる謎が次々と明らかに!!
次回、11月23日・24日に開催予定!
建築技師は現場で目撃せよ!!

(小芝居における設定はフィクションであり、実在する人物、団体等とは一切関係ありません。)






(イバ)
by kurashilabo | 2013-08-29 14:32 | (露天風呂作りまとめ)

 一言で犬を飼うといっても昭和的「犬を飼う」と平成的「犬を飼う」はすでに全く別物になっているのではないか。先日の盆休み、あまりに暑いので清里(リゾート地)に出掛け、多くの犬連れの家族を眺めていてそう考えた。今の「犬を飼う」はもうボクの知っている「飼う」ではない。ボクの頭は昭和で止まっていて、犬を飼うといえばその基本形は朝日新聞の連載マンガ「ののちゃん」のウチと同じで、狭い庭に小さな犬小屋がありそこにいつも鎖でつながれているというものだ。犬種などへのこだわりもなく、犬はどこからかもらわれてくるか拾うものと相場が決まっていた。たいていは血統も何もわからない雑種の中型犬である。しかし現代では都市部にあってはすでに8割は部屋飼いなのだという。犬種もそれぞれの環境や好みによって選ばれた、血統正しきものを購入するというのが普通になっている。(但し、田舎ではまだ昭和的な飼い方も少なくない)

 「庭で飼う」から「部屋で飼う」へ。そこには私たちが普通に考える以上に「飼う」ということの質的飛躍があると思う。庭に小さな犬小屋があり、犬がつながれているというのはいかにも三丁目の夕日の日本だが、それにはそうなった理由がある。先に述べた通り、伝統的な飼い方である「放し飼い」が明治の文明開化によって禁止され、放しておけば“犬殺し”(かってそういう言葉があった)か保検所にさらわれて殺されてしまうので自分の家に置かなければならないが、かといって(当時の家の多くは畳部屋がほとんどであったため)“御座敷”に上げる訳にもいかず、仕方なく庭に鎖でつないでおくことになったのである。犬の飼い方としてそれがいいからではなく受動的に、仕方なくそうなっていた。それしかなかった。しかしその犬の飼い方が人と犬の関係を良くも悪くも“抑制的”にしていたと思う。庭というのは外ではないが、ウチでもない中間エリアだ。そこは家畜たちの居場所である。鶏も豚も牛や馬も(かっては)そこにいた。庭は人間界に属してはいるが(わが同類)、半分は自然、野生を生きる者たちの居場所なのである。人間と自然を媒介する場所、それが庭だ。犬もそこに居る限り“家族の一員”にはなれず、すでに番犬としての役割は無くなっていても家畜性を帯びた従者でしかありえない。子どもだけがそこでも彼(犬)の横で友でいることができる。それは子どももまた、むろん人間ではあるが、半分は自然・野生から切れていない中間者だからである。

 しかし、1970年代以降、経済の高度成長とともに社会が大きく変わった。その中にいた時は気付かなかったが、その変化は根源的で文明史レベルに達している。いや今はそこまで言う必要はない。とりあえず住宅事情が変わった。畳の座敷からフローリングの多い住宅になった。その洋風化はむろん犬を飼うためではなかったが、犬の部屋飼いに大きく道を開くことになった。畳では猫はともかく犬はやはり無理なのである。かっては“お座敷犬”などと揶揄され、幼児性を帯びた振る舞いとされていた部屋飼いが“解禁”され、犬たちが部屋で人と一緒に起居するという風景はごく普通なものになった。しかしそれは考えてみれば当然のことなのだ。犬を庭の小屋に鎖でつないでおくというのは犬の飼い方ではなく「やむを得ざる処置」としてそうなっていただけであり、犬にとっても、また人にとっても実にストレスフルだったからである。犬を終日そこにつないでおき、散歩にも出さないというのは虐待に近い。当然、犬はストレスフルになるからむやみに吠えたり、人を噛んだりするようになる。(経験的にいうと、犬に噛まれるという事故はそのような場所で起こる。放たれている犬が人を噛むということはほとんど無い。)また庭は外にも開かれた場所であるから御近所とのトラブルにもなり易い。隣近所とのイザコザほどやっかいなものはない。そしてまた、ストレスフルな犬を見ていて人も楽しい訳がない。犬は元来人と一緒にいたいのであり、また犬を飼うおもしろさも一緒にいてのことである。住宅事情としてそれが可能になり、社会一般がその幼児性を許容するようになれば、犬たちが部屋に入ってくるのは時間の問題であり必然だった。

 しかし家の中は人間の居場所である。犬も中に入ってくれば家畜性を完全に失い人となる。人となった犬猫たちを私たちはペットと呼んでいる。 S
by kurashilabo | 2013-08-25 13:40 | 鈴木ふみきのコラム

 先日、当コラムで「ボクは犬の糞を片付けない」と書いたところ、さっそく親しい人から「犬のウンチはやはり本当に困るのヨ」とおしかりを受けてしまった。ウーン。確かに家の前にウンチをされたら不愉快だろうなぁ。農場にトマトという名前の筋骨たくましいミニチュアダックスがいるのだが、彼は放しておいても遠くへ行ってしまうということがない。そのかわりまわりの至るところ、それも人がよく通るところを選んで(いるように見える)ウンチをしまくる。それも1日1度ではない。気をつけていないとしばしばフンをフンでしまう。「しまった!」と思った時にはもうあとの祭り。「このバカ犬め」とは思うが、農場の犬なのでヤレヤレということでオシマイになる。もしこれがヨソの犬、隣家の犬だったら怒りの質が違ってくるに違いない。

 またボクの犬連れの散歩道は未舗装の田舎道か舗装はしてあっても両側は草がいっぱいで、そういうところでは「フンは片付けない」がまだ主流である。時たま片付けている人を見かけるがそのような都会の悪習はまだ大勢にはなっていない。これが都会の全面舗装の道ばかりのところであれば「片付けない」などと言っていられるかどうかわからない。現代の都市空間は個人に全的に所有されているか、でなければ公共的にがっちり管理されている道路や公園といった空間しかなく、犬が徘徊したり、人が立ち小便できたりするムダな、未利用のスキマは一寸たりともなくなってしまった。そういう所では犬の糞は管理へのふとどきな反逆として過大に評価されチン圧の対象となるのである。都市空間はもはや犬の住める場所ではない。(思い出してみれば、もうかなり昔のことだがボクが都会を脱出した理由のひとつは犬や猫が住めない(飼えない)ようなところはそもそも人が住むに値しないというものだった)

 さて、犬の糞は人間にとっては単に不快で不衛生なだけの廃棄物だが、犬にとってはそうではない。彼らは糞や尿といった廃棄物をテリトリーの主張や犬同士のコミュニケーション手段として再活用している。犬を散歩に連れ出せばすぐわかることだが、彼らは別に歩いたり風景を眺めたりして楽しんでいる訳ではない。ひたすら鼻を地面にこすりつけて他の犬の尿や糞の匂いを探している。人の三千倍といわれる(どうして調べたのだろう?)嗅覚で、地域の複雑なニオイ地図のようなものを作っているようなのだ。ニオイ情報だけで、このあたりにどんな犬がいて、オスかメスか、発情しているか否か、その他いろいろなことを調べているのだろう。それはおそらく彼らの社会性なのだろうが、嗅覚のきわめてニブイ人間にはそれはなかなかイメージできない。だから毎日同じコースは退屈だろうからと人も犬もめったに通らないルートを開発しても彼はあまり喜ばない(行きたがらない)。それよりも他の犬の糞や尿で汚れたいつもの道の方が好きなのだ。彼らにとって大事な情報がそこには沢山あるからだろう。これは犬独特のものであり、豚やヤギにとっては糞や尿はただの廃棄物のようであるし、猫もそこまでは関心をもたない。

 「吠える」にしてもそうである。犬は不審な相手を威嚇して吠えるのではない。「吠える」は他の誰かに(仲間の犬や人に)不審者の侵入を伝えようとしているのである。だから一匹が吠えると他の犬も一斉に吠え出す。人間にはうるさい限りだがそれは犬の連帯感(社会性)でもあるのだ。これも犬独特のもので、猫も豚もヤギも吠えるなどということはしない。静かなものである。猫も犬も本当にケンカする時には「唸る」が、これは目の前の相手に対してであり、吠えるとは違う。(だから吠えている犬はそれほど危険ではないが唸っている犬は危ない)。農場の“シロ”は夜中にしばしば遠吠えをする。じっと聞いていると切なさが浸み込んでくるが、まだ見ぬメスを求めているのであろう。これも彼らの社会性である。

 このように、犬の苦情の筆頭にくる糞も「吠える」も犬の生理に深い根拠を持っている。そしてこの性質は特定の個人に全的に所属するという現代の犬のあり方に納まらないし、個人に私的所有されるか、でなければ管理のゆきとどいた公共空間しかない都市空間ともなじまない。犬が犬たろうとすれば健全な市民社会の「体制」に抵触し、迷惑な存在となってしまう。それゆえ飼い主は隣近所の眼を意識せざるをえず、それは時に反転して攻撃性ともなる。一方の健全な市民は犬の問題を(犬に文句を言っても仕方ないので)それを私的所有する飼主のマナーの問題と考える。そうすると怒りも殊更に高まる(犬の糞というだけなら天災だが誰それの犬の糞となると人災だから)。こうして道端の糞は犬をめぐる入り組んだ社会関係を象徴することになる。

 犬は高度に家畜化されているとはいえ、元来群生の肉食獣だ。犬を飼うというのは彼らと共棲するということであるから、マナーだマナーだといって近代的な市民社会のルールばかり押し付けるのは無理、いや無知というものだ。ま、こいいう理屈は健全な市民の皆様を更に怒らせるだけでしょうが。 S
by kurashilabo | 2013-08-11 13:37 | 鈴木ふみきのコラム

 山口県の山間集落で起きた“5人殺し”は新聞や週刊誌を読んでもどこまでが本当でどこまでが噂なのかもまだ判然としてない。暗いばかりでどこにも救いがないような事件であるから考えたくはない。しかし容疑者の男が犬の飼い方、糞の処理や畑のやり方、除草剤のことなどで近隣とイザコザがあったとか、親の介護を献身的にやり、2匹のラブラドールに愛情を注いでいた等々という断片的な報道には少し考えさせられるところがあった。そして「容疑者の逮捕に時を同じくして、彼の飼っていた犬が別の場所で突然死」というニュースである。ホントかな?とは思うが、怪力乱神を語らぬはずの「朝日新聞」が書いているのだから全くのデタラメという訳でもないのだろう。とすればこれは何なのか。週刊誌はすでに殺された5人の老人たちの悲劇については一行の記事さえなく、容疑者某の人となりについての話題ばかりである。それにしてもまたしても犬の話しであり、糞の話しである。ペット(とりわけ犬)はどうしてこうも近隣とのモメゴトとなり、それも血を見るほどにこじれるのか。事件を離れてこのことは一度よく考えておいた方がよいと思う。
 
 まず、犬の生理というか生物としての在り方が、現代の超近代化された社会になじまないということである。一例を挙げれば「犬の放し飼いは止めましょう」は至るところにある標語だが、犬は元来群れるものだし、走りまくることを快とし、猫にくらべれば格段に広い行動半径(テリトリー)を生きている。この生理欲求は江戸時代までは基本的に満たされていた。犬はほとんど街の犬、村の犬だったからである。「つなぎ飼い」されていたのは猟師の訓練された犬や大名などが飼う特別な犬に限られていた。ただ街の犬村の犬とはいっても食い物や寝床を提供する特定の飼い主を持つ犬もむろん少なくなかった(多くはなかった)。しかしその飼い犬もつながれている訳ではないので日常は街の犬、村の犬だったのである。街や村に犬がウロつき、時に群れ、走り回り、子どもの遊び相手にもなる。そのような仕方で犬が人間と共同の空間に存在することは当たり前のこと、それが犬の普通の在り方だとして当時は認知されていた。彼らは人間とは違う畜生というカテゴリーではあったが、同じ空間に共棲する同類だったのである。

 ある特定の個人に全的に所属する犬、その個人に垂直的関係で従属する犬という犬の在り方は幕末に欧米人によってもたらされた。来日した欧米人はしばしば犬を連れていたが、彼らは紐で犬をつなぎ連れまわしていたのである。またすでに当時、欧米では育種と品種の概念が確立していて、姿形も日本の街の犬とは違っていた。(今農場で飼っている豚のバークシャーや中ヨークシャーも19世紀の大英帝国で育種固定されたものです) 明治維新後、この犬の新しいあり方は文明開化(欧米化)急ぐ新政府によって政策的に強制されることになる。明治6年、東京に畜犬規則が発令された。「一、畜犬には首輪をつけ、飼主の住所と氏名を木札に明記し、付けること。ただし無札の分はすべて無主とみなし、これを殺すべし。」に始まる畜犬規則は狂犬病対策を名目としつつ街の犬、村の犬という犬のあり方を遅れたもの、進歩の障害として全否定したのである。撲殺には巡査と“犬殺し”が当った。この方式に他の府県もならい、犬撲滅運動は全国化していった。無数の犬が撲殺された。それは激しいものだった。「2,3人で一緒にやれば一日に100匹や200匹の犬は容易に殺せた」らしい。犬にとっての文明開化とはこのようなものだったのである。この時以降、街をウロつく無主の犬は野犬、あるいは野良犬と呼ばれるようになる。犬としての当たり前のあり方がひっくり返った。犬にとってそれは画歴史的な出来事だった。

 それでも野良犬はしぶとく生きのび、昭和30年代くらいまでは普通にみられた。それは街の犬の撲殺、撲滅という政策を無慈悲として嫌悪する人心に陰に陽に支えられたからであり、いまひとつはそのような犬のあり方を許容する共同体的空間と人心がまだ生きていたからである。街の犬、村の犬というのは共同体あっての犬のあり方なのであり、昭和30年代を前後して共同体の消滅と命運を共にして、野良犬も歴史の舞台から消える。街も村も人の心も全面的に近代化され、犬は個人に全的に、24時間所属する以外に生きようがなくなった。犬が個人に囲い込まれてしまった。

 しかし犬は犬であり、常に犬たろうとしている。犬は近代と無縁である。犬を終日つなぎ飼いしておくことがどれだけ虐待であり、朝に夕に犬を引いて散歩に連れ出すのがどれだけ滑稽で不自然な行為であるか。「犬の放し飼いは止めましょう」標語を良識ある市民のマナーとして信じて疑わぬ人と、犬の基本的欲求(犬権!)を多少なりとも叶えてやりたい飼い主との間には深い断絶があり、そこには明治6年の畜犬条例以来の長い因縁があるのだ。 S
by kurashilabo | 2013-08-03 16:08 | 鈴木ふみきのコラム