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ふみきコラム 40周年特別コラム⑦

 ではどのような仕方でたまごの会は「農の課題」に触れていたのだろうか。それはおそらくたまごの会が「共同体という体験」だったということと関わっている。
 伝統的社会にあって人と自然のコミュニケーションという場合、ある個人が客体としての自然とコミュニケーションの回路をもっていたということではない。伝統社会では人は皆、家族、血族、部落、宗教、講等々様々なレベルの共同体に属していたが、その共同体が人と自然が重なりあう場、人と自然のコミュニケーションシステムとして機能していたのである。そこでは個人を生きることが同時に共同体を生きるということであり、彼らはシキタリやオキテ、年中行事、マツリ、冠婚葬祭など沢山の行事を通して、また日々の仕事や振る舞いを通してムラの神話、物語世界を生き、山や川などその土地の自然とつながっていた。人がキツネに騙され、夜中に道端の地蔵様が田植えをしてくださるのはそのような場においてである。このように考えれば人と自然のコミュニケーションの回復というテーマは、実はどのような、あるいはどのように共同体という次元を回復するかということと不可分、いやおそらく同義だということがわかるだろう。

 振り返って考えてみるとたまごの会はよくできた共同体だった。少なくとも共同体がもつべき要素を萌芽的には持っていた。あるいはほとんど意識することなく伝統的共同体に似た構造を作りだしていた。長くなるがそのいくつかを挙げてみよう。
 第一は農業が人と自然をつなげている、そのような農業をベースに集団が形成されているということである。あたりまえと言うかもしれないが、これは基本的なことである。有機農業は都市の消費者でいる間は安全安心の農産物を生産する農業という理解でいい訳だが、自分(たち)で農場を作り動物を「飼い」作物を「育てる」立場にたてば日々の営みの中で「家畜」と呼ばれる動物たちや「作物、野菜」と呼ばれる植物と触れ合い、戯れることになる。それは「去勢された自然」ではあるが、彼らを媒介として私たちはその向こうの「自然」とつながるのである。いや新石器革命(農業革命)以後の人間にとってはその「去勢された自然」こそが日常的でリアルな自然だ。たまごの会では有機農業は農業(経済)である以前に自然との関係のもち方、自然や生き物とつながる方法として意識されていた。だからたとえ安全な卵を産んだとしても鶏はケージで飼われてはいけないし、無害であったとしても畑に除草剤を播いてはいけないのである。それは生き物と付き合う「作法」に反している。そのような仕方では自然は自らを開示しないからである。

 1965年以前の伝統社会でもおおむねそのような「農」業が営まれていた。むろんそれは理念的にではなく、経済と技術の発展段階に規定されてのものだったが。農業の現場からそのような「農」が失われていったのは1961年に制定された農業基本法以後の農業の近代化によってである。ここで詳しく触れることはできないが、近代化農業と総称される現代の農業の問題点は沢山あるが、最も本質的で、人間文化の本質に深く関わることでありがなら最も見えにくい問題は農業の現場から本来的な意味での「飼う」「育てる」という行為が失われた、ないしひどく貧相になったということである。現代畜産の現場に行き、あるいは野菜の「産地」に行けばそれがよくわかるだろう。そこでは動物たちは「産業動物」であり、植物は「産業植物」つまりはモノであるから何も語らない。自らを開示しないし人もそれを見ない。「生産」はあるが「飼う」「育てる」がない。「農」ではなくなったのである。

 たまごの会は共同で自給農場を作り、「自ら作る」に踏みだすことで都市住民という出自のままに「農」という人と自然が重なる場を手に入れ、いのちあふれるワールドに触れることができたのであり、それが他のあまたの市民運動グループと違う際立った特徴である。「農」の世界に根を下ろしていること、それは伝統共同体とたまごの会に共通する基礎的要件である。 S


by kurashilabo | 2014-12-06 16:38