ふみきコラム 40周年特別コラム⑤

 そういう見方で有機農業をみるとまた違ったものにみえてくるだろう。有機農業という言葉はなかなかやっかいな代物である。使う人や話しの文脈で意味内容が変わってくるからだ。もともと農家の人が有機農業を語る場合はたいていは「農業の課題」としての有機農業のことである。農薬や化学肥料を使わない農業、かってはあたりまえだったが今は敢えてする差別化農業。だから「この畑は有機だけどあっちの広いほうは慣行農法」などということが矛盾なく語られる。畑には除草剤は播かないが、まわりの通路には平気ということさえある。先進的農家の場合は「近代農法は安全性や環境負荷の面で大きな問題があり有機農業こそ本来の農業」だとしてポリシーとして有機に転換していくが、それでもやはり農業としての有機農業である。

 都会で生活していた若い人たちが新規就農する場合は(Iターン)それとは違う。彼らにとって有機農業は「農の課題」であり、自然との深いコミュニケーションの願望の表現としての有機農業がまずあり、そのうえで「業(なりわい)」としてどう成り立たせるかという順番になる。だからそこでは「できるだけ機械に頼らず手作業で」「より自給的に、できれば家もセルフビルドで」「草も友だち」「お米も作るし野菜もあれもこれも」ということになる。田んぼの苗代作りを例にとっても、あえて泥田に入り「水中保温折衷」でやり、田植えも手植えで、というようなことが価値となる。つまり有機農業は彼らにとってまず価値の選択、ひとつのライフスタイルとしてあって、そのうえで農業としての有機農業ということになる。就農し年月を経れば農業としての有機農業が日常となり前面に出てくるのは当然だが、この本質は変わらない。そこが例えば戦後開拓などでの帰農と根本的に違うところで、1965年以後の日本の社会に出現した現象(人の動き)であるといえようか。

 それは豊かになった社会の現象、社会的余裕の産物ではあるが、その豊かさを身をもって問い直すという意味では彼らは可能性として最もラディカルな批判者である。彼らが問うているのは経済発展至上の価値観であり、科学、技術のネガティブな側面についてであり、コミュニティ(共同体)の解体であり(個人主義の批判)すべてを商品交換に一元化してしまう資本主義の原理そのものだったりする。途方もないことだがそれは「戦後化」を問い直すことであり、「近代化」を問い直すことでもある。これが彼らが背負わされることになった課題、歴史の中での立ち位置だ。しかしそれはテーマが大きすぎてにわかには言葉にできない。ましてどのような筋道でそこに至れるか誰も皆目わからない。それでも彼らは何かに突き動かされて道のない荒野に踏みだしてしまうのである。思いの外気軽に。

 気を付けなければいけないのはこの時有機農業論の果たしている役割である。有機農業についての言説は「ハウツウ有機」からイデオロギーとしての有機農業運動論まで実に幅広い。それについて雑誌や書物も沢山出回っている。そうしたものが今の仕事や暮らしのあり方に疑問をもった若者たちを田園へと誘い出している役割を否定しない。だが同時にそれらが「農の課題」を「農業の課題」へ回収してしまう役割を果たしていることもまた否定できない。繰り返すが「農の課題」と「農業の課題」は課題としてのレベルが違う。「農の課題」は「農業の課題」をその一部に含みつつももっと深く、射程の長い文明史的課題である。「農業の課題」としての有機農業はすでに農産物の生産流通の一部にしっかり組み込まれていて批判者という役割は基本的に失われている。良くも悪くも市民権を得ているといえようか。

 今では若者たちの田園志向、ライフスタイルの選択としての新規就農さえも、更なる過疎化、限界自治体化する地方の、やむにやまれぬ最後の処方箋として期待され始めている。そこでは「ともかく地方へ来て住んでくれればいい、若い女性に子どもを産んで人口を増やしてもらいたい。何か新規事業を起こしてくれれば尚いい。」そういう動きとして歓迎される。かような甘い誘いにのって地方移住する人も今後増えるだろう。皮肉なものである。ボクたちは地方の過疎化や農業問題に頭を悩まして「農」の方に歩み出した訳ではない。むしろ最も辺境的なテーマに取り組んでいると思っていたのに、気が付けば時代のスポットライトを浴びて「地方創生」などといういかがわしい(?)スローガンに組み込まれようとしているのだから。 S

[PR]
by kurashilabo | 2014-11-22 16:12 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)