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ふみきコラム 荘園制⑤

遊休農地とヤマを使った諸活動の例としてどんな事業が考えられるだろうか。議論を目に見えるものにするために思いつくままいくつか挙げてみよう。むろんイメージをふくらませるための例にすぎないが。

(まず前提として)水田は圃場整備され機械が入るところ(機械化一貫稲作ができるところ)は各集落のライスセンターを営む農家を中心に耕作されている。しかしTPPの影響をもっとも受けるエリアであり、関税が撤廃されればライスセンターの経営は難しくなる。しかし同時にこのエリアの荒廃に「日本人」は精神的に耐えられない(のではないか)。またそれは戦後農政の崩壊を意味してしまうので政治的に維持されていく気もする。どうなるかわからないのでとりあえず除外しておく。しかし小さな谷津田は機械が入らないので現在すでにほとんど遊休化し、ガマやアシやセイタカアワダチソウなどの群落となり低木も多い。

畑地はすでに過半が遊休化している。タバコなどかっては多く見られたが、需要の縮小、担い手の高齢化などがありわずかになった。他は自給的に一部を使っていたり、荒らさないためだけの管理であったりで、経営的に作っているところは少ない。これは一概に営農の衰退といえないところがある。もともと畑が広すぎるのだ。この地域の畑地は(関東はむろんのこと日本の広い範囲でいえることだが)元は桑園で、1960年代まで盛んだった養蚕が自由化で経営が成り立たなくなり、70年代から90年代にかけて一斉に抜根され畑地化したものである。桑園は近代前期(明治から昭和前期まで)日本が紡績で外貨を稼いでいた時代に国策的に開かれたものだ。いわば近代前期の軽工業を底辺で支えていた場所なのだ。それ以前は薪炭林(松林、雑木林)であり一部でアワ、豆などの雑穀や自給用の野菜類の作付があった程度であり、(麦は田の裏作だった)必要な面積も管理可能な面積もわずかだったのである。今日いうところの畑など伝統社会(江戸時代まで)にあってはその程度のもので、販売用の野菜類の作付は都市(江戸など)近郊に限られていた。だから桑を抜いてしまえばその広さに見合う作付するものなど無いのも道理であるのだ。その広大な畑をどうするのかは本来、農政や行政の重要課題のはずだが、今は誰も見通しをもっていない。地権者が土地資産として抱え込んでいるのが現状である。

①遊休化した谷津田と畑地を使って
<大豆と麦を使った加工品生産>
表作に大豆、裏作に麦を作付し、加工出荷する。麦と豆は無農薬また無肥料で作れるし、加工すれば多様な用途がある。加工と販売を事業化すれば多くの農家の参加が可能となる(個人で加工までやるのは量が少なすぎて難しい)大豆はトーフがメインとなるだろう。トーフ作り自体は業者に委託することもできる。麦は製粉、製麺するだけでなくパン類を作ることも考えられる。 この事業は比較的手を付け易いかもしれない。

<小さな谷津田と周辺里山を再開拓する>
機械の入らない谷津田は遊休地化して久しい。その小さな水系を総合的に再開拓する。米もいいが、それ以外に蓮田、養魚池、花畑等に、全体を大きな「水辺の公園」化する。また周辺の里山に手を入れ「昭和の里山」を再現し、宿泊施設なども用意する。山羊や馬なども加えて新しい形の生活空間を作る。そこではモノの生産だけでなく、場所を開放し、子どもたちの山村留学的な受入や滞在型の利用も可能となる。クラインガルテン(*)の併設などもいいかもしれない。これは事業自体もさることながら地権者が多数になり、その点でハードルが高い。 (*)クラインガルテン(独 Kleingarten)とは、ドイツで盛んな200年の歴史をもつ農地の賃借制度。

<養蚕>
養蚕はすでに“伝統芸能”レベルになっているが、養蚕から絹織物まで一貫生産できれば一定の採算可能性はある。文化遺産の継承でもあり、また昆虫と人の織りなす生活文化として他にないおもしろさと教育的意義がある。(蚕は最も家畜化が進んだ動物)。見せるための養蚕でもある。羊の飼育からセーターまで、あるいは綿の栽培も考えられるが趣味以上のものにどうしたらなりうるか?

<菜種油>
菜種油については生産可能だが、品質とコストが問題になる。景観的にはいいかも。しかしちょっと平凡。自家生産している農家さんもある。(この項続く)  S
by kurashilabo | 2014-01-19 14:58 | 鈴木ふみきのコラム