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ふみきコラム 犬のはなし 8/3

 山口県の山間集落で起きた“5人殺し”は新聞や週刊誌を読んでもどこまでが本当でどこまでが噂なのかもまだ判然としてない。暗いばかりでどこにも救いがないような事件であるから考えたくはない。しかし容疑者の男が犬の飼い方、糞の処理や畑のやり方、除草剤のことなどで近隣とイザコザがあったとか、親の介護を献身的にやり、2匹のラブラドールに愛情を注いでいた等々という断片的な報道には少し考えさせられるところがあった。そして「容疑者の逮捕に時を同じくして、彼の飼っていた犬が別の場所で突然死」というニュースである。ホントかな?とは思うが、怪力乱神を語らぬはずの「朝日新聞」が書いているのだから全くのデタラメという訳でもないのだろう。とすればこれは何なのか。週刊誌はすでに殺された5人の老人たちの悲劇については一行の記事さえなく、容疑者某の人となりについての話題ばかりである。それにしてもまたしても犬の話しであり、糞の話しである。ペット(とりわけ犬)はどうしてこうも近隣とのモメゴトとなり、それも血を見るほどにこじれるのか。事件を離れてこのことは一度よく考えておいた方がよいと思う。
 
 まず、犬の生理というか生物としての在り方が、現代の超近代化された社会になじまないということである。一例を挙げれば「犬の放し飼いは止めましょう」は至るところにある標語だが、犬は元来群れるものだし、走りまくることを快とし、猫にくらべれば格段に広い行動半径(テリトリー)を生きている。この生理欲求は江戸時代までは基本的に満たされていた。犬はほとんど街の犬、村の犬だったからである。「つなぎ飼い」されていたのは猟師の訓練された犬や大名などが飼う特別な犬に限られていた。ただ街の犬村の犬とはいっても食い物や寝床を提供する特定の飼い主を持つ犬もむろん少なくなかった(多くはなかった)。しかしその飼い犬もつながれている訳ではないので日常は街の犬、村の犬だったのである。街や村に犬がウロつき、時に群れ、走り回り、子どもの遊び相手にもなる。そのような仕方で犬が人間と共同の空間に存在することは当たり前のこと、それが犬の普通の在り方だとして当時は認知されていた。彼らは人間とは違う畜生というカテゴリーではあったが、同じ空間に共棲する同類だったのである。

 ある特定の個人に全的に所属する犬、その個人に垂直的関係で従属する犬という犬の在り方は幕末に欧米人によってもたらされた。来日した欧米人はしばしば犬を連れていたが、彼らは紐で犬をつなぎ連れまわしていたのである。またすでに当時、欧米では育種と品種の概念が確立していて、姿形も日本の街の犬とは違っていた。(今農場で飼っている豚のバークシャーや中ヨークシャーも19世紀の大英帝国で育種固定されたものです) 明治維新後、この犬の新しいあり方は文明開化(欧米化)急ぐ新政府によって政策的に強制されることになる。明治6年、東京に畜犬規則が発令された。「一、畜犬には首輪をつけ、飼主の住所と氏名を木札に明記し、付けること。ただし無札の分はすべて無主とみなし、これを殺すべし。」に始まる畜犬規則は狂犬病対策を名目としつつ街の犬、村の犬という犬のあり方を遅れたもの、進歩の障害として全否定したのである。撲殺には巡査と“犬殺し”が当った。この方式に他の府県もならい、犬撲滅運動は全国化していった。無数の犬が撲殺された。それは激しいものだった。「2,3人で一緒にやれば一日に100匹や200匹の犬は容易に殺せた」らしい。犬にとっての文明開化とはこのようなものだったのである。この時以降、街をウロつく無主の犬は野犬、あるいは野良犬と呼ばれるようになる。犬としての当たり前のあり方がひっくり返った。犬にとってそれは画歴史的な出来事だった。

 それでも野良犬はしぶとく生きのび、昭和30年代くらいまでは普通にみられた。それは街の犬の撲殺、撲滅という政策を無慈悲として嫌悪する人心に陰に陽に支えられたからであり、いまひとつはそのような犬のあり方を許容する共同体的空間と人心がまだ生きていたからである。街の犬、村の犬というのは共同体あっての犬のあり方なのであり、昭和30年代を前後して共同体の消滅と命運を共にして、野良犬も歴史の舞台から消える。街も村も人の心も全面的に近代化され、犬は個人に全的に、24時間所属する以外に生きようがなくなった。犬が個人に囲い込まれてしまった。

 しかし犬は犬であり、常に犬たろうとしている。犬は近代と無縁である。犬を終日つなぎ飼いしておくことがどれだけ虐待であり、朝に夕に犬を引いて散歩に連れ出すのがどれだけ滑稽で不自然な行為であるか。「犬の放し飼いは止めましょう」標語を良識ある市民のマナーとして信じて疑わぬ人と、犬の基本的欲求(犬権!)を多少なりとも叶えてやりたい飼い主との間には深い断絶があり、そこには明治6年の畜犬条例以来の長い因縁があるのだ。 S
by kurashilabo | 2013-08-03 16:08 | 鈴木ふみきのコラム