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憲法のこと③

 現行憲法は敗戦とともにあった訳だが、「敗戦後」という時代がほぼ終わったということをまず思う。改憲が気軽に口にできるようになったのは「敗戦後」が終わったからである。戦争をその身で経験し、300万余の無残な死とひきかえにこの憲法はあると実感できる人々が去ってしまった。多くはすでになく、生きてはいても表舞台から退場した。右であれ左であれ、彼らが社会の中核にいる間は、憲法がどれだけ矛盾を抱えていようとも、改憲は一部保守イデオローグのものでしかなかった。1970年、三島由紀夫が「檜の会」の青年たちと市ヶ谷の自衛隊に突入し、自衛隊員の決起を促し、改憲の熱弁をふるった時も(そんなこと言っていたと思う)思想界には衝撃的ではあったが社会の大勢は全く変わらなかった。1970年は敗戦後25年に過ぎず、20歳で戦地から帰還した人は45歳で社会の中核にいて、40歳で敗戦を迎えた人も65歳でまだ現役だった。社会からは戦後色はすでに消えていたが、まだ「敗戦後」だったのである。人は老い、人は死ぬ。2013年の現在、敗戦後20歳であった人も88歳だ。直接経験としての戦争はほぼ終わり、「歴史」になりつつある。「どんなことがあれ、戦争はもうこりごり」という世代が去ってしまうとこの憲法は存外もろい気がする。

 日本国憲法はとんでもなく青くさい。たとえば憲法9条は次のように言っている。「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」 これは崇高であるかもしれないが理想論である。これでリアルポリティクスがやれる訳ないから様々な詭弁を労し、矛盾を抱え込む。理想論は崇高であればそれだけ扱いが難しい。現実との間の矛盾に悩む。それでやっていくには大変高度な思想的熟練と現実対応力が求められる。しかし戦後の日本は(戦無派のボクたちは)その訓練を全くしてこなかった。「ともかく良いもの」「「ゴケンゴケン」というだけで済ましてきてしまったのである。成熟と現実的対応力が求められる立場にはいなかったからといえばそれはそうなのだが。

 実のところ、私たちはこの憲法を自分のものにすることに失敗してきたのではないか。今そこを衝かれている気がする。現行憲法は民主主義を宣言しているがこの憲法の成立過程自体は民主主義的とはいえない。民主主義というものが「参加の実感」だとすれば、大多数の日本人はこの憲法の成立に何ら関わっていない。敗戦後、いくつかの民間の憲法草案があり、政府案もでて、GHQの草案とのすり合わせでできたとはいえ、そのプロセスに参加できた日本人はごくわずかであり、占領下であったことは否定できない。大多数の日本人は玉音放送で敗戦を受け止めたのと同じ態度で新憲法という新しい玉音を聞いたに違いないのだ。中味は天と地がひっくり返っても精神構造(OS)は一夜にして変わる訳がない。天から降ってきたありがたいおふだ、天皇に替わる新しい錦の御旗、そういうものとして新憲法は受け入れられた、ミもフタもない言い方になるが。精神の土台において戦前も戦後も実はそれほど変わっていないのではなかろうか。その受け入れ方が今を規定している。

 戦争を自分しとして経験し、戦後社会の制度設計をした世代が去り、本当は次に続くボクたちの世代が憲法を選びとるという営為をどこかでしなければならなかったのだろう。しかしそういう契機がなかった。ずっと平和ボケしていたから。いや、日本人はそういうことができないのかもしれない、もともと。世間と空気を読む人々だから。戦争は知らないが憲法とともに「戦後」を生きてきたボクたちの世代の多くはそれでも「憲法はともかくもいいもの」という観念がしみついている。平和憲法の子どもだ。良くも悪しくも。今の世代はどうなのであろう。農場で憲法が話題にのぼったことは記憶では一度もないのだが。S
by kurashilabo | 2013-06-01 09:53 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)