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ふみきコラム0915

ムラは終わった、とはいってもむろんそこには今も人の暮らしがあり、地域社会がある。かってのムラの名残も当然あるだろう。その地域をどう維持していくか、どう地域を活性化するか等々課題はあるにせよ、それは地域住民と行政の課題であって、むろん地域住民の1人として関わりはあるが、それ以上のものではない。むしろ自分の関心はムラという経験をこのまま歴史のかなたに忘れ去っていいのだろうか、学びとるべき多くのことがそこにあるのではないか、ということだ。ムラは終わった、伝統的共同体の解体ということは今では常識の部類かもしれない。しかしムラが終わったことによって私たちは何を失ったのか、ムラという日本史の巨大な経験に何を読み取ったらいいのか、そこが十分に語られているとは思えない。かって日本の田舎はどこへ行っても強固なムラ共同体の世界だった。中世に惣村という形で歴史の舞台に登場し、近世、近代を通して日本社会の強固な基礎構造だったムラ。それが解体したとすれば社会の性質は根本から変わることになるはずだ。

ムラ(共同体)とはどのようなものなのか、その歴史と構造、どういう経緯と原因で終わったのか、等々はここではとても立ち入れない。ただ人と自然との接触面にあって両者を媒介してきたのはムラであり、ムラが自然との関係において織り成す風土であったことは忘れてはならないと思う。農業革命以後の文明史は自然から、大地から自らを切り離し文明を高度化してきた歴史である。近代以降それは科学技術と産業資本主義の力で加速度的に進み、現代都市の中心部では今や自然のカケラをさがすのも難しい。そのような歴史の力学に対し、人を自然へ大地へと引き戻す力として働いたのがムラであり風土だったといえる。ムラは一般に農林業を営んでおり、作物・家畜や田畑の論理をベースに構造化されている。そして作物・家畜や田畑は人為として(家畜化されたものとして)人間文化に属しているが、他方、自然由来のものであるから当然ながら自然性に貫かれている。作物や家畜や田畑のもつこの両義性が人と自然を媒介するのである。ムラや風土において人は自然と協調してきたし、せざるをえなかった。その重さが人を、あるいは人間文化を自然へとつなぎとめてきた。

近代は都市の時代である。人も情報も金も都市に集中し、その都市が歴史を牽引してきた。しかしその都市はムラという広大な基礎構造の上に立つ建造物であったということを私たちは忘れがちである。広大なムラが人と自然を媒介し、そのムラという後方基地から絶えることなく人やモノや何やかやが送りだされることで都市はその発展の活力と健全性を得ていたといえる。その後方基地が1960年代~80年代の頃急速に弱体化し、実質的にはなくなった。そこもまた都市になってしまったのである。そして社会が根底から変わった。日本社会が大地から離陸したのである。

都市の中で「農的」などという訳のわからぬことがささやかれ始めるのもその頃からである。それは単に都市生活があまりにバーチャル化した等々の説明では不十分で、深いところでムラの終わりとつながっているのではないか。ムラ・共同体・風土、そうしたものが歴史実体として解体してしまったので、私たちは無意識に、個々に、生き方として、「食べ物」や動物や共同体という人と自然を媒介する何かを渇望するようになったといえるかもしれない。 
by kurashilabo | 2012-09-15 14:28 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)