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ふみきコラム0609

日本列島で考古学的に住居や集落が確認できるのは縄文時代(新石器時代)以降のことである。旧石器時代のそれは検出がむずかしいというよりも、狩猟中心で必要に応じて移動していく生活には住居というほどのものは必要なかったと考えられている。洞穴を利用したり、テントやキャンプという程度のものだったらしい。しかし定住するとなると、長期使用に耐える強度と、増えていく様々な生活資材を保持し、その中で暮らすことのできる広さが必要となる。「住居」の出現である。そして(人々は部族的に生活していたから)住居の集合たる「集落」が成立してくる。また、建築材料や薪をはじめとした多種多様な生活資材の入手、獣や虫類からの防衛等の目的で周辺の森が切り開かれたり、火がかけられたりしただろう。そして森が切り開かれると、そこにはこの新たな環境を好む植物や動物や虫たちがいっせいに進出してくる。いわゆる人里の植物、動物たちだ。絶えず加えられる人の手のもとで、集落周辺に二次的生態系が出現してくる。これも移動生活では見られないことだった。では農耕はいつどのように始まったのだろうか?。それはわからない。しかし定住することで新たな人為的自然(?)の中で生活するようになり、植物をメジャーフードとするようになれば、初期的な(農業社会的なそれではなく)農耕や動物飼育はごく自然な成り行きとして発生したはずだ。そこに越えなければならないハードルは何もない。

さて、かような「住居」と「集落空間」の創出は人類史上画期的な事件だった。私たちは住居と集落にあまりに慣れ親しんでいるのでその意味を考えることはほとんどないが、住居と集落空間は人がはじめてこの地上でみる「人為の生み出した空間」であり、そこに「住む」ことによって人ははじめて自分を「自然」から切り離すことができたのである。こういう空間の中でヒトははじめて「人間」として地上に出現したのだといってもいいかもしれない。旧石器時代には“大雑把に言えば”人間とか自然は存在しなかった。ヒト自身が自然(野生)なのだから自然もまた存在しないのである。ヒトという種の特殊性をはらんでいたにせよ狩猟採集時代のヒトは動物的存在だった(むろんこれは旧石器時代の人としての進化を否定しない)。旧石器時代の延長線上に新石器時代がくるのではなく、旧石器時代と新石器時代はヒトとしてのステージが違うのである。

定住による住居と集落空間、そして「里」的エリアの出現、植物をメジャーフードとせざるを得ない状況で開発された土器をはじめとした様々な道具や加工(料理)あるいは貯蔵の技術、農耕や動物飼育の開始、このような生活スタイルの大変化、生活空間の拡大、高度化、複雑化はそのまま知識や意識の高度化、複雑化、抽象化、つまりは言語空間(意識)の飛躍的拡大であったはずだ。内部(意識)の高度化は外部の高度化と一体のはずであり、意識だけが進化することはありえない。そして内部と外部は相互にはずみをつけながら加速度をつけていくだろう。今となって考えれば旧石器時代の生活は大変シンプルであり、生活がシンプルである分、言語や意識もまたシンプルであったはずだ。このようにして「定住」とともに「人間」が登場し、「文明」というビッグバンが「突然に」起こったのである。これらはすべて「大脳」を駆使して為されたことであり、その時から人は人類史の新たなステージ、大脳中心に生きる時代、「歴史」へと突入していくことになった。「住む」はかくも人を人ならしめた根源的「革命」であったのである。人類史上このイベントほど驚くべきものは他にない。 
by kurashilabo | 2012-06-09 15:04 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)