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豚舎から

普段家畜に関わっていても「畜産って何だろう?」と思うことがあります。例えば食糧危機の話になれば、必ずと言っていいほど肉食の話が出ます。品種や飼育法によって差がありますが牛肉1㎏生産するのに約10㎏の穀物が必要で、豚肉なら約4㎏、鶏肉なら約2㎏必要だから肉食は人口保養力が低いという話です。しかし本来の畜産(animal production)は人が利用できないものを、良質なたんぱく質(乳・肉・卵)にすることです。人は米や軟らかいお野菜は食べれても、藁や芒は食べれないですから。さらにベルギーの古い諺に「飼料がなければ家畜がない。家畜がなければ肥料がない。肥料がなければ収穫がない。」というのがあります。冷涼・寡雨の乾燥・半乾燥地の西ヨーロッパにとって、地力維持のために家畜の糞尿は欠かせないということを示しています。つまり畜産とは植物と家畜とが有機的に結合、循環しながらそれらの生産力を向上させていく有機農業の一部門であると言えます。一方日本は西ヨーロッパと違い、温暖多雨の条件下で水田という仕掛けをつくれば、イネを何年も連作することができました。地力維持は刈敷程度で高い生産力を上げることができたため、西ヨーロッパとは異なり家畜が農業に結合する必要性はなかったのです。さらに天武天皇の食肉禁止令により、明治になるまで日本には畜産がなかったと思われます。明治になって招聘した外国人教師に、日本を「無畜農業国」といわしめたぐらいですから。では日本には明治まで家畜(人になれた動物→domestic animal)がまったくいなかったかというと、そうではありません。軍用、運搬用、交通用の牛馬はいましたし、自給程度に鶏は放し飼いで飼われていたのです。そのような状況下で明治を迎え、家畜を輸入し日本でも厩堆肥を用いた本格的な?有機農業が始まったのでしょう。ここまでは立派な農業発展だと思います。しかし日本農業は戦後、化学肥料・農薬・除草剤を使い、機械化・専業化をはかりました。さらに国際分業論により、家畜飼料を輸入することが当たり前になりました。牧草地がなければ家畜糞尿は還元できず、あっても化学肥料を使うことで、家畜糞尿はたちまちいらない「ごみ」になったのです。さらに家畜の改良は、より短期間に育ち、より大量に生産するように改良され、結果畜舎に押し込めて、穀物を多給する工業畜産(animal industry)となりました。畜産が環境破壊するのも、肉食が食糧危機を招くのも、人間がいかに物質循環を崩してきたかということだと思います。農業そのものが環境破壊だと言われる人がいますが、農業者は自然にたちむかいながらも、自然を愛し、守り、調和を保っていく責任があると思うのです。

小松
by kurashilabo | 2011-06-24 21:09 | 週報からの抜粋 | Comments(0)