<   2017年 11月 ( 2 )   > この月の画像一覧

ふみきコラム20171125 小さな林業について考える

 日本各地の里山はどこでも似たようなものだと思うが「開拓地」周辺の山も多くは針葉樹林(ヒノキ・スギ)だ。人里近くの針葉樹林は困りものである。間伐もされない林内は暗く、冬に落葉もしないので植物相や動物相は一般に貧弱になる。林内だけでなく南側に林があると畑であれば日照が得られず、広く使えなくなる。住宅であれば尚更困ったことになる。

 この農場の豚舎裏は50年生位のヒノキ林で、そちらが南面になるので豚舎には一年中全く陽が当たらない。冬の冷え込みは厳しくコンクリ床の豚たちにはつらい時期となる。南東側も土地の境界林としてヒノキが一列植えられていて農場内を暗くしている。またこの居住棟の南面と東面は建設当時は桑畑で明るく開けていたが、その後栗林となり、その栗林も十年程前に放棄され、ヒノキが植えられてしまった。そのヒノキがすでに栗の高さを越えて成長し、年ごとに農場に陽が当たらなくなっている。ボクの部屋は農場では朝日が一番よく当たるところだったが、段々と陽が入らなくなっている。(このままでは遠からず農場は暗い日陰に入ってしまう。早急に話をして切ってもらわなければならない)

 人里近くがこれ程スギ、ヒノキだらけになったのは古いことではない。主に戦後のことだ。第1の理由は50年代から60年代にかけての燃料革命で、田舎でも薪炭から石油・ガス・電気にエネルギー源が変わり、里山が無用になったこと。低木林や草地だったところにスギ、ヒノキが植栽された。次は70年代前後、全国的に蔓延した松枯れ病で枯れた松のあとにスギ・ヒノキが植えられた。その頃はまだスギ・ヒノキを植えておけば将来金になると誰もが考えていたのである。2000年代に入ってから畑にスギ・ヒノキが植えられたのは(農場前のようなところ)全く別の理由で、土地の地目を畑から山林に替えたいからだろう。(地目が農地のままだと宅地として売りにくい)。また日常目にすることはないが、奥山地帯では「拡大造林政策」で広大に天然林が皆伐され、スギ、ヒノキが植栽されている。
 ま、こうした様々な理由で至るところに植えられたスギ・ヒノキが価格低迷や担い手不在などにより放置林として繁茂し、「負」動産化している訳である。いわば山の耕作放棄地だ。

 政策レベルの大きな話しはとりあえず置くとして、「開拓地」で直面している問題は3つある。ひとつは何度かの大雨で東側の山すその小さな谷が深くえぐられしまい、結果その上の山の斜面が一部すべり落ち(土砂崩れ)ヒノキが十数本倒れ込んでいる。何をするにせよ邪魔なので切らねばならない(が、危険作業となる)。針葉樹は根が浅いのでしばしばこういうことが起こる。二つ目は70年代の減反と同時にヒノキを植えた田が一部にあり、それが故にまわりの日照が広く遮られ(仮に開拓しても)使えなくしてしまっている。切るにしてもすでに40年以上になる木であり、数も多く大仕事となる。また現状では運び出しの道もない。(しかし皆伐し、材とすることができれば小さな住宅なら何棟か建てられそうではある)3つ目にはボクたちが道として、あるいは広場や小屋予定地として使わせてもらっている山の斜面の南側が約2反ヒノキ林(30年程度)となっており、それ故こちら側の土地の半分はまともに使えない。

 このように人里近くの針葉樹林は迷惑なものだが、もし自前の製材能力をもてるならば話は俄然違ってくる。ジャマだジャマだと思っていたものが資源になる(間伐材ならタダの)。 むろん現在の林業、製材、流通システムからすれば量的にも質的にも取るに足らないようなものではあるが、自前の製材能力は魅力である。(有機農業だって主流の流通からみれば取るに足らないようなものではないか?)それは経済の問題ではなく、主権の問題だ。

 林業や製材は長らく山主や森林組合、製材所等々の占有領域で素人(市民)は口も手も出せないと考えられてきた。しかしわずかな経験だが間伐材の利用という入口からのぞいてみると、必ずしもそうでもなく、そこにはオルタナティブな(市民的な)森林への関わり方や製材・木材の流通という可能性が開けてきているようなのだ。「きらめ樹」間伐の活動にそのようなことを教えられた。 S
c0177665_16430611.jpg

[PR]
by kurashilabo | 2017-11-25 16:38 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム20171117 きらめき間伐!?を知る

 先日、「きらめ樹」間伐をすすめているグループ(NPO法人・森の蘇り)の全国キャラバン隊の4人が来場した。宿泊場所としての農場利用だったが、夕食後なごやかな(?)交流会をもつことができた。
 「きらめ樹」間伐とは「皮むき間伐」の一種で、立ち木の皮をできるだけ高く、樹の中程まで剥ぎ、立ち枯れさせて1年間位放置乾燥させた後伐採し、木材として利用するというものだ。簡易間伐としての皮むき間伐は以前からあったが、それは立ち枯れさせて放置するだけのもので間伐材としての利用は考えられていなかった。それに「きらめ樹」というキラキラネーミングを与え、市民が森に関わる機会とし、得られる間伐材を住宅用建材(壁やフローリング材)として製品化するというのが彼らのアイディアである。NPOの活動とは別に「きらめ樹工房」という名の小さな木工所を全国数カ所に立ち上げていて新しいビジネスモデルも提案している。ここ数年知られるようになってきていて(知らなかったけど)、「今が勝負時」とのことであった。

 正直、彼らの活動に強い関心があった訳ではない。全国に広大な面積がある放置針葉樹林(スギ、ヒノキ)に市民がイベント的に関わったところで何がどうなる訳でもないと思っていたから。啓発活動としての意義は認めるとしても。 ボクが聞きたかったのはひとつだけ、「簡易製材機のようなものはあるか」ということ。彼らなら知っているだろうと思ったのだ。今年「開拓村講座」がらみで何度か間伐をした。それを小屋作りプロジェクトや中心となる建物の建築に利用できないかということで。しかし実際にやってみると間伐は口で言うほど楽ではないことがよくわかった。まず切り倒すこと自体が大変だ。材として利用できる直径20センチほどの樹でも高さは20メートル程あり、かつ上部で枝が絡み合っているので枝元を伐ってもそのままでは倒れないのである。ふたつ目にはそれをやっとこさ大勢でロープをかけて引き倒し、4メートル位に切り分けても生木はやたらと重い。1人や2人では動かせないし、軽トラでは運べない。三つ目には人数や重機でそれを引き出せたとしても、丸太のままでは実は建築材としてはほとんど使い用がない。材にするには製材所に頼まなければならずお金もかかる。結局、「買った方が安いよね」というところに落ちつく。そこで立ち往生してしまう。

 しかしまわりにこれだけある放置された潜在資源を利用できないなんて悔しいし、大きく言えば「ノルウェー、フィンランドに次ぐ世界第3位の森林大国なのに世界第一位の木材輸入国」なんていうどう考えたっておかしい現状を受け入れてしまうことになる。それも腹立たしい。せめて簡易製材機はないものか、そうすれば・・・と考えていたところだったのである。
 「カナダ製で120万くらいでありますヨ。直輸入で、部品が段ボールに入ってきて自分で組み立てなければならないけど」 「他に30万位の機械をそろえれば基本的な製材は全部できますよ」 それを聞いてパッと心がキラメキ重い気分が飛んでいったのである。「きらめ樹」間伐も(痛々しくてキライと言っていたのに)立ち木のまま乾燥させるのでともかく軽い(話を聞いた翌日体験させてもらった)。生木の3分の1位までになるそうだ。これなら切り倒しも運びもかなり楽だ。このやり方なら放置林という潜在資源と暮らし(住宅、小屋、木工、薪…)を市民的手法で結びつけることができそうだ。暗い針葉樹林を宝の山として活用できるし、建築の自給ということが視野に入ってくる。急に視界が開けたようで自分の中で盛り上がっていき、床に着くころには「暮らしの実験室きらめき木工所」がアタマの中で稼働を始めていたのである。S
c0177665_16350303.jpg
c0177665_16344248.jpg

[PR]
by kurashilabo | 2017-11-18 16:32 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)