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ふみきコラム0827

 ボクは地球環境問題について定見がない。わからない。その分野の科学者が右だと言えば右、左だといえば左のように思えてしまう。地球は温暖化に向かっていると思っていたら生物学者の池田清彦などはそれを「温暖化真理教」と揶揄し「ここ15年以上地球の温度は上昇しておらず、(パンチンフォードらの研究では)1958年から2001年までの気温データを解析した結果、全地球的規模では気温の変動性は増大していない」のだそうで、異常気象の増加も、CO2排出原因説も、右肩上がりで温暖化していくという説も、ただの「お話し」で、まともな科学者にはこれはもはやまぎれもないことなのだという。そう言われては温暖化真理教徒としてはどうリアクションしていいかわからない。
 それはさておくとして、仮に温暖化が進行するにしてもそれで「人類が滅亡」してしまうとも思えない。話が横道にそれてしまうけれどもタイムスパンを少し長くとれば人類はかなりの温暖化と寒冷化を経験しているからだ。近いところでいえば約12万年前、最終間氷期は(すでに現生人類はアフリカに出現していた。日本列島に人がいたかどうかは不明)温暖化で海が今の筑波山麓にまで達していて、農場あたりは海の底だった。畑を2~3メートル掘ると砂の層、小石の層、粘土層などが地層を作っていて海の底だったことが実感できる。次の最終氷期(約2万年前のウルム氷期)には逆に日本列島の大半は亜寒帯となり、海面は今より100メートルくらい低く、現東京湾は陸だったし関東平野は今よりずっと広かった。この時代にはすでに日本列島に旧石器時代人が暮らしていたことが知られている。その後6500年ほど前の縄文時代はまた温暖になり、海面は上昇して恋瀬川流域まで達していたはずだ(縄文海進)。石岡周辺の、今は田になっているところはこの頃浅海だったところだ。農場の下あたりまでそうだったかもしれない。農業がどうなるか、文明がどうなるかは別として人間は身体能力としてはこの程度の寒暖を生き延びることができるということだろう。
 環境ホルモンの話も不安だったがこれは科学的に反証されて下火になった。オゾンホールが拡大し地表に紫外線が降り注ぐようになるという説も一時ほど騒がれなくなった。オゾン層が破壊されて地表に紫外線が大量に注ぐようになれば植物は生育できず、むろん動物も生存できない。これは本当に心配だった。騒がれなくなったのはなぜなのかわからない。現象が無くなったのか、ニュース性が無くなったのか、説が間違っていたのか誰も言わない。原発事故(あるいはテロ)やバイオハザードも心配だがそれとて人類滅亡とはたぶんならない。
 気を付けないといけないのは人類滅亡にはニーズがあるということである。映画の中では人類の滅亡は定番だ。ハリウッド映画は滅亡モノであふれている。核戦争を扱った「渚にて」などの古典的なものから、隕石の衝突、宇宙生物の飛来、地球の凍結、バイオハザードまで数知れない。カタストローフにはニーズがある。世界はあまりに複雑で自分の頭も手も届かない。日常はあまりに平凡で退屈だ。そこに「ちゃぶ台返し」の願望がうずき出す。何も考えないで済むし、スッキリするし。
 あるいはまた人類の終末を言い、「想像力=イマジネーション」の世界こそ希望だということになると、どこか宗教臭くなってくる。宗教は常に終末を設定し、人々を幻想の共和国に誘うものだから。これは日本でも末法の世の到来を言い、極楽浄土を説いたその昔から変わらない。
 I氏の言うようにモノの世界がどんどん肥大化していくのに心あるいは精神がそれに追いつかないという現代の基本問題はあるが、それが人類の滅亡とどうつながっていくのか、そこの理路をもう少し具体的に知りたいところである。頭脳(心)と身体の問題はまた次回に。  S
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by kurashilabo | 2016-08-27 09:56 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム0820

 先日、やさと在住のI氏宅で農場スタッフを交えての会食があった。I氏はボクよりひと世代上で、ご婦人ともども世界で活躍されてきた方である。会食に先立ってのメッセージでI氏は次のように言うのである。

「人類は、必然的な過程を経て、滅びてゆく・・・」と。詳しくはFBを読んでいただくとして(https://www.facebook.com/shunsuke.iwasaki.79)、人類滅亡とはただごとではないので少し考えた。
 I氏はまず「希望」について次のように言う。「(自分は)将来への希望をもって今日を生き、世の中の不正に対して闘う」という姿勢で生きてきたが今やはっきりと「希望がわれわれの生命を支えているのではない」「誰でも今日を生きるべくして、生きている」のだと確信するに至った。将来への希望を持って生き、闘うというのは「文明のひとつの在り方」にすぎないのだと。
 これについては特段の異論はない。自分史を振り返るとその時々何か希望を抱いて生きてきたかというと大変あやしい。希望というのはボクの中ではずっと「納まり」が悪いものだった。本当のところ、言葉の意味がよくわからない。むろん開拓をこうしようとか、ああしようとか、今年はこれをしようとかはあるが、それは希望とは言わないだろう。希望とはもっと「高み」をめざすような精神態度のことだろう。自分にとっても社会にとっても。その「高み」から現在の「欠如」を見、自分を励ますというような。
 そのような意味で人々が「坂の上の雲」を見上げながら生きていた時代、あるいはそのような人に似合う言葉なのだろう。おそらくだが、明治時代に作られた(訳された)言葉で、そこから「希望をもって生きる」という精神態度が生まれた。それが「青春」とか「成長」とか「発展」とかいう造語と結びつき、「世界の一等国を目指す」という明治の国策と結びついてその時代の(エリートの)ある種のイデオロギー、時代精神となっていったということではなかろうか。「少年よ、大志を抱け」的なモダンな精神。
 では「希望」や「成長」「発展」などという言葉の無かった江戸時代の人々は下ばかり向いて暗い人生を送っていたかというと、どうもそうではないらしいのである。渡辺京二の「逝きし世のおもかげ」によれば幕末に来日した欧米人が一致して最も驚いたのは日本の人々の明るさだったという。これについては多くの言葉が残されている。たとえば「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である」「日本人ほど愉快になり易い人種は殆どあるまい。良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。そして子供のように、笑い始めるとなると理由もなく笑い続けるのである。」「・・・道化者の民衆の調子の良さ、活気、軽妙さ、これは一体何であろう。・・・顔つきはいきいきとして愛想よく、才走った風があり、これは最初のひと目でぴんときた。・・・」等々。

 ひょっとすると明治のあの時、私たちは「底抜けの陽気さ」と引き替えに「希望をもって生きる」という精神態度を要請されたのではあるまいか。近代化に必要なのは陽気さ、明るさではなく、希望を抱いて刻苦奮闘する態度だから。もしそうだとすると、陽気な人生を取り戻す要諦の第一は希望とか成長や発展、一等国などという幻想をもたないということになる。江戸時代人の明るさの理由はむろん他にもあるだろう。(ボクは「動物を殺さない社会」だったことが大きいと考えているがこの論証はむずかしい。)しかし、社会と人々の精神に、より高く、より大きく、より沢山という水圧がかかっていなかったことが第一なのは間違いなかろう。近頃少なからぬ論者が「もう経済成長は無い。そろりそろりと坂を下り、定常社会へソフトランディングさせよう」と言っている(こんなまとめでいいかどうかはともかく)。人口は減り、経済も減速していく時代には「希望をもって生きる」態度より「陽気に生きる」心構えこそ似合うだろう。だがI氏を含め、われわれ昭和の人間は陽気に生きるということにまだ慣れていないのである。「人類の滅亡」については次回に。何せ滅亡ですからそう軽々には語れません。 S
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by kurashilabo | 2016-08-20 10:00 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム 開拓日記 夏

 今朝、いつものように田を見回ると、シシ除けネットの外側ながらイノシシが掘った真新しい穴があった。春の筍の季節以後は気配を消していた彼らもまた出動してきているようである。下の方の普通の田はすでに実が入り、ちょうどイノシシが好む頃合い。昨年荒らされた農家は田に電気牧柵をまわしてガードを固めている。
農場の田は今年は「農林48号」(通称ヨンパチ)を使っていて、これはやや晩稲なのでまだ出穂はしていない(チラホラあるがこれは多分別の品種のまじり?)。全体としてみれば梅雨も明けて高温になったのでグングン勢いがつき分けつも増えてきた。こういう時の稲は本当に力強く、見ていて気持ちがよい。
「開拓地」での米作りは今年が実質初年度なので予想外のことも多い。一面アシで湿地だったところはアシの地下茎を抜いているわけではないので雑草としてのアシに悩まされるだろうと予想していたがこれがほとんど出なかった。菖蒲が一面に生えていた部分もその根茎はそのままに田植えしたが思ったほど悩まされはしなかった。また一面シノ竹で乾いていたところは水漏れに悩まされるだろうと予想していたが全くもれない。これもありがたい予想外である。

 ありがたくない予想外もある。湿地状のところはトラクターなどで耕すということができなかったので表面を軽く反転させる程度で代掻きをし、田植えをした。それしかできなかったのだが、そうしたところの泥が「浮いてしまった」のである。 これははじめての経験で、基盤の土の上に水の層があり、上から一見土のようなところは軽い土が浮島状態になっているのだ。だから水を入れてもその土の層が浮き上がっていくばかりで水を張れない。言葉は悪いがドブにブクブクと泡が湧き、表面に分厚く汚物の層ができているのを見たことがあるだろう。それと同じで田はブクブクと泡立ち、稲をもって引っ張れば「泥土」の層が波打つ、そんな状態。
なぜそうなったかというと(推測ですが)湿地状態だったところは耕作されていなかった30年分の有機物(アシやその他の草や木の茎葉)が嫌気状態で保存されていて(分解されないので)いわば泥炭状の植物堆積層だった。そこをかきまぜたのでブクブクとメタン発酵し、泡の浮力もあって浮いてしまうのだ(もともと植物質が多く軽いし)。そんな浮島状態の田でも稲はよく育っているのだからたいしたものである。また30年分の有機物が入っているから養分が過多気味で稲の色が濃い。これが米の味にどうでるかというのも心配なところである。

 今年は梅雨の期間も含めて雨が少なく、「高松田」の方は渇水で悩まされている。しかしこちらの田には水は十分にある。筑波山から流れ出る沢水は涸れることがない。どこから湧き出してくるのか本当にありがたい。(多少は少なくなっている) 沢に掛けた「川床」で汗が引くのを待っていると目の前を何匹ものオニヤンマが滑空していく。こちらのことは目にも入らない様子で。そして時々水に尾(?)つけて卵を産み付ける。道を歩けばアブラゼミがひっくり返ってもだえている。夏も今が峠だ。盆を過ぎれば秋風も吹くだろう。葛の花も一斉に咲き出し甘い香りを漂わせて来る。それを深く吸い込んで幸せな気分になる。  S
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by kurashilabo | 2016-08-13 09:44 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

2016年8月12日(土)着の野菜セットのなかみ

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写真はレギュラーサイズです。

加熱調理用トマト(品種名なつのこま)が沢山採れています。桃太郎トマトのような生食の美味しさはありませんが、料理に使うにはこちらの方が使いやすいかと。沢山欲しい方向けに期間限定で調理用トマト便の注文を受け付けます。詳しくは裏面を参照してください。

【加熱調理用トマト】  ファミリー 700ℊ / レギュラー 400ℊ
色が淡くヘタがないのが調理用トマト。「なつのこま」という固定品種です。ゼリー質が少ないのが特徴で、生食も可能ですが、加熱調理することで本領を発揮します。焼く・炒める・煮るはもちろん、ピューレやソースにしても美味しく頂けます。

【トマト】  ファミリー 300ℊ / レギュラー 200ℊ
品種「ホーム桃太郎」。ビニールハウスで雨よけして潅水を制限している分ギュッと甘みが詰っています。熟度の違うものを混ぜているので、色の薄い未熟なものは常温で保存し追熟させ、色の濃いものは冷蔵保存してお早めに召し上がり下さい。

【ミニトマト】  ファミリー 400ℊ / レギュラー 250ℊ
品種「プレミアムルビー」。去年までの品種「アイコ」より甘みが強く美味しい出来です。

【ゴーヤ】  ファミリー 2本 / レギュラー 1本
苦味が特徴の沖縄野菜。中のワタをくり抜いて炒め物などに。意外と佃煮にしても美味しいです。

【じゃがいも】  ファミリー 600g / レギュラー 400g
近隣の提携農家高橋さんからのジャガイモです。

【ナス】  ファミリー 1000ℊ / レギュラー 600ℊ
ナスの最も一般的な品種「千両2号」です。

【甘唐辛子】  ファミリー 500ℊ / レギュラー 300ℊ
「松の舞」という品種の辛味の少ない甘唐辛子です。料理方法はピーマンとほぼ同じ。時々辛いものが混じりますのでお子様などが食べる場合はご注意ください。沢山あるときは佃煮にするのがお勧めです。

【ピーマン】  ファミリー 600ℊ / レギュラー 400ℊ
品種「京ひかり」。

【空芯菜】  ファミリー 150ℊ / レギュラー 100ℊ
別名「エンサイ」。中華系の炒め物にお勧めです。

【モロヘイヤ】  ファミリー 150ℊ / レギュラー 100ℊ
茎を除いてお浸しなどに。

【オカワカメ】  ファミリー 150ℊ / レギュラー 100ℊ
肉厚でハート形の葉がオカワカメ。正式名称「アカザカズラ」。ツルムラサキの仲間で、その名の通りワカメのようなヌメリがあります。生食だとエグミがあるのでさっと湯がいてお浸しなどに。

【オクラ】  ファミリー 約10本 / レギュラー 約6本
角オクラと白丸オクラのミックスです。注意して選別していますが時々固いものが混じります。ご了承ください。

【賀茂ナス】  ファミリーのみ 2個
京野菜で有名な丸くて大きいナス。普通のナスと比べると肉質は緻密で弾力があり、田楽や煮物にお勧めです。

【キュウリ】  ファミリーのみ 5本
品種「北進」。雨が少ないため収量がグッと落ちてしまいました。          
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by kurashilabo | 2016-08-12 14:20 |  L今週の野菜セットの中身 | Comments(0)

8月6日(土)着の野菜セット

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農場の生食用トマト「桃太郎」の収穫ピークは7月前半、さすがに8月に入ると収量が少なくなってきました。代わりに加熱調理用トマトを入れました。生食用トマトよりずっと無理なく簡単に栽培できるので、農場ではこのトマトで一年分のトマトピューレをせっせと作って保存しています。

【加熱調理用トマト】  ファミリー 700ℊ / レギュラー 400ℊ
色が淡くヘタがないのが調理用トマト。「なつのこま」という固定品種です。ゼリー質が少ないのが特徴で、生食も可能ですが、加熱調理することで本領を発揮します。焼く・炒める・煮るはもちろん、ピューレやソースにしても美味しく頂けます。

【トマト】  ファミリー 500ℊ / レギュラー 350ℊ
品種「ホーム桃太郎」。ビニールハウスで雨よけして潅水を制限している分ギュッと甘みが詰っています。熟度の違うものを混ぜているので、色の薄い未熟なものは常温で保存し追熟させ、色の濃いものは冷蔵保存してお早めに召し上がり下さい。

【ミニトマト】  ファミリー 200ℊ / レギュラー 130ℊ
品種「プレミアムルビー」。去年までの品種「アイコ」より甘みが強く美味しい出来です。

【ゴーヤ】  ファミリー 1本 / レギュラー 1本
苦味が特徴の沖縄野菜。中のワタをくり抜いて炒め物などに。意外と佃煮にしても美味しいです。

【じゃがいも】  ファミリー 600g / レギュラー 400g
品種キタアカリ。窪んでいる部分がピンク色に見えるのが特徴で、男爵に似たホクホク感です。

【キュウリ】  ファミリー 700ℊ / レギュラー 450ℊ
品種「北進」。

【ナス】  ファミリー 1000ℊ / レギュラー 600ℊ
ナスの最も一般的な品種「千両2号」です。

【甘唐辛子】  ファミリー 500ℊ / レギュラー 300ℊ
「松の舞」という品種の辛味の少ない甘唐辛子です。料理方法はピーマンとほぼ同じ。時々辛いものが混じりますのでお子様などが食べる場合はご注意ください。沢山あるときは佃煮にするのがお勧めです。

【ピーマン】  ファミリー 600ℊ / レギュラー 400ℊ
品種「京ひかり」。

【モロヘイヤ】  ファミリー 120ℊ / レギュラー 80ℊ
茎を除いてお浸しなどに。

【空芯菜】  ファミリー 220ℊ / レギュラー 150ℊ
別名「エンサイ」。中華系の炒め物にお勧めです。

【オカワカメ】  ファミリー 140ℊ / レギュラー 100ℊ
肉厚でハート形の葉がオカワカメ。正式名称「アカザカズラ」。ツルムラサキの仲間で、その名の通りワカメのようなヌメリがあります。生食だとエグミがあるのでさっと湯がいてお浸しなどに。

【オクラ】  ファミリー 8本 / レギュラー 5本
角オクラと白丸オクラのミックスです。注意して選別していますが時々固いものが混じります。ご了承ください。











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by kurashilabo | 2016-08-05 14:15 |  L今週の野菜セットの中身 | Comments(0)