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ふみきコラム ~創造的没落という戦略?

 島田雅彦の「創造的没落」という魅力的な言葉につられて話を継げば、地方こそが「創造的没落の物語」を紡ぎ、その方向で戦略を練るべきではなかろうか。地方消滅などと脅されて「人口を維持し活力ある地方の総合ビジョン」などに振り回されることなく。戦後の、いや明治以来の「世界の一等国」であろうとする成長物語りにつき合うのはもうやめにして。地方はもう十分すぎるほど貢献したし、あとは悠々自適の老後を生きていけばいい。身をすり減らし「世界の一等国」であり続けるべく24時間闘う人々は尚必要だろう。しかしそれはそういう立場にいる人たちに任せておけばいい。彼らも必ず「創造的没落」を必要とする時がくる。

 没落としてボクがイメージするのは昭和30年代の暮らし方である。昭和30年代はいい時代だった。ボクはその郷愁に生きてきたといってもいいくらいだ。むろんこれは客観的な評価ではない。自分史でいれば8歳から18歳くらいであるから子供時代は誰にもよく見えるものではあるだろう。だがそれを差し引いたとしても。
まだみんな貧乏ではあったが、食い物にはもう困っていなかった。主食は麦飯で質素ではあったけれど。近代畜産成立以前で肉や卵は少なくタンパク質は魚がメインだった。エネルギーは石油やガスも普及し出してはいたが、薪炭もまだまだ現役で台所にはカマドと七輪、消壺などが並んでいた。風呂も薪だった。輸送手段はむろんトラックや鉄道はあったが日常的には自転車、リヤカー、馬などが活躍していた。農業もまだ近代化農業以前で、馬が活躍し春の田はレンゲ畑になり、畑の隅には肥溜めがありお百姓はそれを汲みだして天秤棒でかついでキャベツなどにまいていたのだった。高速道路もましてやコールドチェーンなどはなかったから米、麦、大豆などメインのものを除けば野菜類は否応もなく地産地消であった。それでも農家は田畑合わせて1町歩ほどに精を出せば大変ではあったけれど農業で食えていた時代である。そういう中で地域の子どもたちは子ども集団で山や川を遊び場としていた。川には魚があふれていたし、里山にもまた日常的に大人が入っていたから遊び場には最適だった。テレビはまだ出たばかりだったし、ゲームもなかったから遊びといえば外遊びだったのである。

 ボクが没落していきたいのはこのような「昭和30年代の暮らし」である。「なつかしい未来」。経済高度成長以前、近代化農業以前、内山節歴史観でいえば「1965年の革命」以前。繰り返し思いがそこに立ち返ってしまうのは、おそらくそれが単なる過ぎ去った過去ではなく、今にない価値がそこにあったからではないか?それを生き方の指針、あるいは方法論として取り出したい。それを体で知っている最後の世代の役目としても。
さて、そいいう眼でみれば地方はお宝がいっぱいだ。素材はいくらでもある。ボクが自治体の長ならば例えば「昭和30年代村」というものをテーマパークとして作るだろう。エネルギーも電気も昭和30年代レベルに設定し、できるだけ多くの村民がその中で実際の昭和30年代の暮らしをするのである。アーミッシュのようにして。山も川も田や畑も当時のような利用をし、水車も復活し、魚の豊かな川も取り戻す。経済もできるだけその中でまわしていく。はじめは少ないかもしれないが、地付層だけでなく新住民にも開放すれば参入する人は多いはずだ。見学に来る人もあとをたたないだろう。そして次第にテーマパークの内と外の境が消えて地域全体が昭和30年代の経済と暮らしに引き込まれていく。それがボクのイメージする「明るく楽しい没落」だ。そして気がつけば消滅どころか人口は増え、この「正しい没落の仕方」は日本の希望にさえなっているだろう?。

 このような没落であれば、創造的没落を追及する田園回帰派もおおいに協力できるだろう。だがおそらく残念なことに地方はまだそこまで没落を受け止めきれない。今のままでも十分に暮らしていけるから。まだまだ「成長と発展」というイデオロギーの中にいるから。だから田園回帰派は先んじて没落していくしかないのである。 S
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by kurashilabo | 2015-11-28 12:16 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

11月28日着の野菜セット(レギュラー)

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●ジャガイモ400g
●里芋400g
●人参300g
●大根1本
●ヤーコン1本
●ゴボウ1本
●パパイヤ1個

●白菜半分
●春菊200g
●壬生菜320g
●ほうれん草220g
●小松菜(間引)100g
●コカブ適宜
●ブロッコリーかカリフラワー1個(一部)

今日は木枯らしが吹いていていよいよ冬の到来です。ずっと暖かかったし、強い霜もまだないので野菜が伸びすぎていて、ここで急に凍結になったりするとかなりダメージがありそうです。 

白菜を入れましたが、虫食いやアブラムシなどが多いです。ちょうどいいときにあれこれの都合で出荷できず畑に置き過ぎているということもあります。カリフラ、ブロッコリが一部の人に入りましたが今回でほぼ終わり。(黄色のカリフラワーはもともとそういう色です)。サラダやキンピラにすることが多い。ゴボウは高橋さんのものです。ジャガイモ、人参、大根はいつも通り。大根が育ちすぎです。里芋系は唐イモの小芋(エビイモ)です。小さい葉物は小松菜の間引きです。細長いハモノはミブナで水菜に似た利用法になります。春菊も凍結すると終わりになるのでどんどん採ってます。カブも大きくなりました。パパイヤも凍結すると終わりになるので残りを取りきりました。スライスしてお肉に揉みこんでおくと肉が驚くほど柔らかくなります。お肉と一緒にいためたり、サラダに使ってください。S
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by kurashilabo | 2015-11-27 16:32 |  L 今週の中身 | Comments(0)

ふみきコラム ~「田園回帰1%戦略」

 『田園回帰1%戦略』という本が評判になっているようで、新聞で著者インタビューを読んだ(11/17朝日)。著者の藤山浩氏は島根県で長年、過疎と向き合ってきた行政マンである。全国の自治体が安倍政権の「地方創生」のスローガンに沿って今後の人口ビジョンと総合戦略を策定しなければならず、その参考によく読まれているということだ。「1%戦略」とは過疎地が毎年その人口の1%にあたる人数を定住させることができれば、30年後にもおおむね現在の人口を維持できるというもので、それは十分可能だという。

 行政が空家を整備して貸出してくれたり、仕事や(就農の場合は)出荷先を手当してくれたりすれば、それを呼び水として移住を決意する人はいるだろう。潜在的には田舎志向の人は多いから。補助金農政のようだがそれはおくとして。しかし来るかどうかわからないよそ者をアテにしてそんな数合わせのようなことをして何か意味があるのだろうか、そもそも。地方再生と言うのであれば、まずもってそこに住んでいる者が、住んでいる者の力で、未来があることを示さなければ何もはじまらないと思うのだが。

 地方衰退は長い歴史過程であり、たぶんそれ自体は止めようがない。明治のはじめ頃の国家財政は地租に多くを依存していたし(歳入総額に占める地税の割合は7割を超えていた。ただし地税は農地に限らない。)外貨を稼いでいた柱も養蚕だった(絹織物の輸出)。日本の近代化は地方の富を中央に集中することでスタートすることができたのだし、明治の高速の近代化は地方の力が土台となっていたのである。GDPで工業生産が農業生産を抜くのは第一次世界大戦以後で、重工業が本格的に発展するようになってからだ。「疲弊するヨーロッパ」を横目にみて、戦時特需で日本はボロ儲けし、工業発展にはずみがついたのである。それ以後は工業の時代となり都市と地方の格差は広がっていくがそれに加速度がついたのが戦後の経済高度成長期だった。

 薪炭から化石燃料へというエネルギー革命が農村にまでゆきわたり、また外材の輸入は林業の衰退を招き、里山も人工林も捨てられた。「金の卵」と呼ばれた労働力の流出は単に数としての流出にとどまらず、大学進学率の向上に伴って本来地域を担うべき人材までも流出した。生糸の自由化によって養蚕は終わり、小麦、大豆をはじめとして大量の食糧輸入は農業を衰退させた。農業の近代化は生産効率をかつてなく高めたが、皮肉なことに農業機械も資材も肥料や農薬も工業製品であったし、生産性向上は価格の相対的低下をもたらし「産地」以外では自立的小農は没落した。そして農地は荒廃し地方はさらに衰退する。このように地方の富を都市が吸い上げることで日本は少なくとも経済的には一流国になった。しかし同時にその時農業生産のGDPに占める割合は1%台にまで落ち込んでいたのである。

 IT化、グローバル化する今日の高度経済世界で必要とされるようなものは地方にはもう何も無い。年金と地方交付税で生きながらえる地方はむしろ「お荷物」になってしまった。活力もなく、未来もないところに若い人がとどまらないのは至極当然のことであり、更に衰退していく。こうした大きな流れを押しとどめ地方を再生させる処方箋がそう簡単にあるとは思えない。(こういう文脈でみれば「地方消滅」という脅しをかけ、切り捨てるべきところは切り捨て、地方中核都市に資源を集中させよという日本創生会議の「増田レポート」はお荷物を少しでも軽くし、日本経済が世界で闘えるべく地方をシェイプアップしようというものなのだろう。)

 さてそういう中で最期のウルトラCとして都市民の「田園回帰」志向が取り沙汰されるようになっている。田園回帰する(とりわけ若い)人を取り込めば地方は消滅などしないというものである。「田園回帰1%戦略」もそのひとつである。しかし、発想があまりにイージーでそんなものを「戦略」と言っていいのかどうか。彼らが移住すれば確かに人口は増えるが(それで充分貢献したことになる?)おそらく地方経済にはほとんど寄与しない。作家の島田雅彦の言葉を借りれば彼らはおおざっぱに言えば「破滅しないために没落しようかみたいな、没落に前向きな姿勢、創造的没落を追及」する人々であり、空き地と空家と豊かな自然があれば基本OKだから。地方消滅とか村おこしにはあまり関心がない。(地方の衰退に頭を悩まして地方移住を決意した訳ではないから。)歴史的位相を異にする両者を安易に結びつけても何も生まれない。むろん同じフィールドで生活し活動するのであるから協力し合う場面は沢山あるはずだしそれはそれでいいのだけれど。

 ところで振り返れば自分もまた早くから「没落」に向かって生きてきたわけだがただ単に没落しただけだったのか、それとも多少は創造的といえる何かがあったのか、ハテサテ。今更考えてももう遅いけれども。 S
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by kurashilabo | 2015-11-21 12:14 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ペレットストーブ

農場についにペレットストーブが導入されました!

土間の薪ストーブ+板の間のペレットストーブで無敵の冬対策です!
ペレットとは、間伐材のチップを固めたもので、地元やさとの木で出来ています。
灯油と同じ熱量/価格でありつつ、精製・輸送に膨大なエネルギーを消費する灯油と違い、使えば使うほどやさとの森を守ることに繋がるという夢の燃料。

冬に農場に来てくれる人はぜひペレットで暖まってください!
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by kurashilabo | 2015-11-21 09:33 | レポート(報告) | Comments(0)

農場建設40年を記念して本を出版しました。

みんなで創った農場の話。

― まともな食べ物を手に入れようと思ったら「農場建設」にたどりついた。農場は、動植物と人との営み=「暮らし」がおのずと表現される場所。暮らしを自分自身の手で組みなおしてみる。私たちはその舞台を農場といいたい。


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昨年2014年にちょうど建設40年を迎えたやさと農場。建設期から現在に至るまで様々な人が関わり、その足跡を1年かけて1冊の本にまとめました。

農場を知る人にはぜひ読んでもらいたいおススメの1冊になりました。
書店やアマゾンでも購入できますので、ぜひお手にとってみてください。もちろん農場でも販売していますよ。
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by kurashilabo | 2015-11-19 10:44 | お知らせ(告知) | Comments(0)

第2回そば打ち勉強会@やさと

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自然の中でそばをすする
~やさとの素材にこだわった打ちたてのそばと出会おう~
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普段、何の気なしに食しているそばを自分で打ってみませんか?

今年も新そばの季節がやってきました。
つきましては、地産地消、地元の素材に徹底的に拘った蕎麦打ちイベントを今年も開催したいと思います。

特別な事は何もしません。
筑波山系に囲まれた美しく豊かな自然あふれるやさとで取れたそば粉を使います。つなぎや薬味もできるだけその地で頂けるものを使って、暮らしに寄り添った物を作り上げていきたいと思います。

また、今年も大変有り難いことに、押上の名店『天真庵』庵主である野村さんに直々にお越しいただき、蕎麦打ちを教えて頂けることになりました。。

自然の中で自然の恵みを自分たちの手で形にして食すそば。
きっと普段のそばとは違う、新しいそばの魅力と自然の優しさを感じていただけると思います。

※都内で天真庵というお蕎麦屋さんを営む野村さんにおそばを打っていただきます。希望者には、そばうちの手ほどきをしてくださります。
※そば打ちの道具に限りがありますので、みんなで少しずつ体験する形になります。

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2、実施概要
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開催日:11月28日(土)~29日(日)

場所:暮らしの実験室やさと農場
    〒315-0116 茨城県石岡市柿岡1297-1

集合: 常磐線 石岡駅改札前に10:25分に集合
   ※お車・別路線で来られる方は11:00に現地集合でお願いします。

解散:日曜日の15時頃現地解散を予定しています。

スケジュール:
28日(土)
10:25 石岡駅集合(東京から来る人、その他の人は直接農場集合)
11:15 農場着
12:00 昼食
13:00 趣旨説明・予定発表
13:30~ 畑へ(やくみ(ネギ、大根)収穫)
       そばのとうみがけ、 製粉作業
16:30~ そばつゆ作り
17:30~ 夕飯準備(そばがきを作る)
19:00~ 夕飯
20:00~21:00 野村さん到着→宴会

29日(日)
8:00 朝食
8:45 そばうち開始
12:00 実食
14:00 締め→解散

持ち物:汚れてもよい服装・靴、お泊りセット、エプロン、てぬぐい

参加費:通し  6,500円(宿泊、食費、企画費 込み)
    29日のみ 3,500円(施設利用、食費、企画費 込み)
   ※2日前から1500円のキャンセル料が発生します。
※会員は宿泊割引あります。

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3、申込み方法
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定 員 :10名(定員に達し次第締め切り)
申込期限:2015年11月23日(月)

申込方法:こちらのフォームからお願いします。
http://goo.gl/forms/VVyKbP3nq4
     
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★そば打ち職人 野村栄一 さん
墨田区は押上、スカイツリーのふもとにある天真庵の庵主。
広島「達磨」の高橋さんに、「直伝蕎麦打道場」で特訓後、天真庵で毎年1000人
以上の人たちに蕎麦をふるまってきた庵主、天真庵では「石臼自家挽き蕎麦」を
使用、喉を通った時のそばの香りが何とも良い。
そば以外にも京都の珈琲屋で修行した庵主が焙煎するこだわりの珈琲や織田流
煎茶道の師範でもある庵主の茶もまた魅力なのである。

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★暮らしの実験室やさと農場とは?(茨城県石岡市)
「暮らしは自らの手で作り出すもの」
それが「暮らしの実験室」が大切にしているメッセージです。
にわとり、豚、ヤギ、犬や猫などの動物たちが共に暮らす開放的な空間。
40年間無農薬でやってきた畑からとれる四季折々の恵みをわかちあう喜び。
農を通していのちのつながり、もうひとつの生き方を提案しています。
http://www.kurashilabo.net/
http://www.facebook.com/yasato.farm
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by kurashilabo | 2015-11-18 11:20 | お知らせ(告知) | Comments(0)

ふみきコラム ~農地の公共性

 こんなところでややこしい話をして恐縮だが、農地が本来的にもつ公共性ということについて、もう少し触れておきたい。今時そんなことに関心を持つ人は少ないが日々農地と戯れているのであるからそこがどのような場所であるのか一度は原理的に考えておくのも悪くないだろう。

 先日このコラムで農地の私的所有は明治の地租改正からと言ったけれども、ではそれ以前の人はどのような所有観をもっていたのであろうか。それは専門家に聞かなければわからないが、江戸時代初期に出された「田畑永代売買禁止令」(1643)という法令を入口に考えてみたい(これは高校日本史にも出てくる)。これは読んだ通りの意味だが、よく考えてみるとなかなか意味が深い。

 太閤検地にはじまり、江戸時代初期には何度か全国的な検地が実施された。検地は一筆ごと面積と石高と耕作者を確定していくものだ。検地帳に名前が記載されればそれは年貢負担義務者ということになるが、同時にそれは土地の専有的権利者であることを認定することでもあった。いわば「私物」として公的に認めるということだ。一方ほぼ同時期に幕府は「田畑永代売買禁止令」を出している。これは飢饉などを契機に田畑が売買され、自営農民層が解体していくのを防ぐためのものだが「売買禁止」とは田畑は「土地資産ではないですよ」ということだ。従って「自分の田畑として専有的に耕作を続けていいが、私有財産ではない」「自分のものだが自分のものではない」ということだ。そしてこの売買禁止令は江戸時代を通じて機能していたと考えられている。

 明治の検地である地租改正は金銭による評価類と所有者を確定したものであるから明らかに売買を前提にした私有財産として認定したものである。そのような意味で西欧をモデルにした近代化の一環だった。しかしこれには当初から政権内外で原理的異論があった。土地の私有財産化は明治の立国原理と相容れないのではないかというものである。明治国家は古代の復古としての近代化であったから、土地も人民も天皇が統治するものと考えられていた。古代の公地公民制の現代版である(公とは「天皇の」という意味)それが「王土王民論」として再登場してくる。土地の私有財産化と「王土」という観念は原理的に両立しえないではないのかということである。そこを明治国家は「私有財産であるけれどもより上位のものとして王土王民という“国体”が存在する」という形で落着させることになる。(王土王民などというと古色蒼然としたもののように感じるがそうともいえない。例えば東日本大震災で天皇が現地に赴き海に祈り山に祈ることで心安らいだ人も少なくなかったと思う。それは天皇にしかできない。王土とはそういうことである。また象徴天皇制とは日本人は象徴的にはみな天皇の赤子(セキシ)ということであり(王民)、それが「日本人という妙な仲間意識」には潜んでいる気がする。)

 さて、戦後の農地改革(農地解放)は戦前の地主制を解体し、自作農を育成するという理念でGHQと農林官僚の主導で実施された。簡単にいえば地主から土地をとりあげ、小作人の私的所有物としたのである。(ちなみに地主小作問題は封建遺制などというものではなく、地租改正で農地が売買されるようになったから出現した問題で、明らかに近代の問題。江戸時代には小作争議はなかった。)農地改革では農地の公共性問題はどのように処理されたのであろうか。実は自作農育成を法的に支えるものとして制定された「農地法」がくせ者であったのだ。その立案者がどれだけそこを意識していたのかはわからないが農地法が現代の「田畑永代売買禁止令」として作用することになったのである。農地法は「農地は農地としてしか使うことができない」「農地は農業者にしか売ることができない」を原則としている。これは農地が土地資産化するのを防止するためのものだが私有財産制と原理的に矛盾する。むろん現実には抜け穴がたくさんあって、とりわけ都市周辺ではほとんどがタダで払い下げられた「農地」を売って巨額の不労所得を得た「農民」はたくさんいたし、今もいるけれども。
 
 農地法は産業界からは企業の参入の障害になる故なき規制としてしばしば槍玉にあげられる。他方、農地を「土地資産」と考える当の「農民」からも「売りたいのに売れない」邪魔者として嫌われている。しかし今では農地法だけが農地の公共性を担保しているということも見ておかなければならない。農地の私権と公共性の問題はこのような形で今も尚アクチュアルなテーマであり続けている。そしてこの矛盾を整合的に説明しうる「より上位の」論理が無いために現場はエゴと政治力の支配する見苦しいものとなっている。 S
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by kurashilabo | 2015-11-14 09:10 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム ~田舎志向の今と昔②

 根が暗いのか、はたまたひねくれているのか、「田園回帰」とか「里山資本主義」などということばを聞くと「ケッ」と言いたくなる。田舎暮らしも長いので、いろいろな人の「田園回帰」を見てきたが、「うまくいっている」といえるものはほとんどなかった。主に経済についてだが。田舎暮らしといえども経済がまわらなければやはり気持ちも暗くなる。ボクのまわりでは新規就農という形をとっての「田園回帰」が多かったが、経済的にそれなりに回っているといえるのは2割程度ではなかったかと思う。あとは貯金を切り崩していたり、親兄弟の援助があったり、あるいは不本意ながらアルバイトや仕事をやったりしてやりくりしている人が多かった。そのうまくいっている2~3割の人も経費を除いた収入は精々200万~300万程度の人が多く、社会的にみれば低所得層に入ってしまう。むろんもっともっと稼いでいる人もいるにはいるがボクの周りにはいなかった。

 先日、上野駅での時間つぶしに「島耕作の農業論」(弘兼憲史、光文社新書)を読んでいたら(著者と久松達央氏の対談コーナーで)「多くのベンチャーに比べれば2~3割の成功率は悪くない」と言っていて、ま、そういう見方もできるかと思ったのだが・・・。就農も新しいビジネス分野の開拓であるからベンチャーではある。しかしベンチャーは普通「ハイリスク、ハイリターン」だが、就農の場合は「ハイリスク、ローリターン」というところが違う。うまくいってもハイリターンにはなりようがないのである。残念ながら。また「小さくても強い農業を目指すべきで、小さくて弱い農業が一番ダメ」なのはもっともだけれども、すみません皆、小さくて弱かった。どの人も無能ではなかったし、よく働いていたけれども。

 これだけ有機農産物が供給過剰気味になり、行政までもが6次化などと言い出すようになると「ほとんど素人で、資本もわずかな個人が有機農産物を売って金を稼ぐ」というビジネスモデルはもうほとんど成り立ちようがない。多くの場合、販売は親類縁者、友人知人の範囲を超えることができない。これはビジネスとはいえない。(6次化というのは一次産業として農産物を単に生産するだけでなく、加工などして更に付加価値をつけ、小売まで生産者が一貫してやること。1次+2次+3次=6次産業)

 ここから先はふたつの考え方がある。ひとつは親類縁者、友人知人の範囲を超えないことにむしろ積極的意味をみて、そちらを強化していくというやり方。販売ではなく贈与経済的な関係となる。それを可能にするだけの「ことば」と「実践」つまりは人間力がないとこれはできないからかなりハイレベルな道だけれども。非交換経済なユニットを作るということだが、荷の受け取り側にとってもこれは大きな意味があるはずである。個人で「経営」している人の場合、こういう側面をすでに持っているはずで、ビジネスなどと考えることはやめて、こちらの側面に純化していくということである。

 もうひとつは共同化するということである。この農場もひとつの共同農場だが生産規模でいえば一軒の農家程度にすぎない。それで数人が(現在はスタッフ5、研修生2)それなりに生活できてしまうのは共同農場だからである。食事も住居も車も機材等々も共同なのでひとり当たりにすればかなり少なくてすむ。また共同でひとつの場を維持しているからイベントもやり易く、そちらの方面でもそれなりに収入を見込める。しかもその場を核として小さな社会(コミュニティ)が形成されていくので孤立してしまうことが少なくてすむ。(これは意外と大事なことである。田舎暮らしで孤立してしまう人も少なくない)

 しかし共同化というのは一般にうまくいかない。お金がからんだ人間関係の破綻で終わりというのが相場だ。この農場のように曲がりなりにも続いていくというのはかなりレアなケースである。そこをこの農場の特殊性あるいは歴史性ということで終らせず、どうしたら一般化できるのかを教訓化する必要があるのかもしれない。会社化するという共同化もあるが(こちらの方が一般的)そのハウツーはここにはない。

 いずれにせよ、個人でする田舎暮らしの他に、もうひとつのビジネスモデルを実践的に提示できなければ「田園回帰」などというキラキラチャラチャラしたことばは使えない。 S
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by kurashilabo | 2015-11-07 09:08 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

耕作放棄地再生 やつだ開拓団11月21-22日の活動は中止になりました

※今回の開拓作業は中止になりました。今回予定していた活動は次の回に行う予定です※

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今年の1月からスタートした耕作放棄地の開拓。

30年以上荒地だった谷津田に道ができ、谷川の整備し、畔をぬり、稲を植え、野営までできるようになりました。

活動の趣旨や今までの活動は、こちらのサイトをご覧ください。
http://kaitakudan.strikingly.com/

やつだ開拓団は、この冬、活動の拠点となるベースキャンプの建設にとりかかります。

春秋はキャンプサイトとして、夏は休憩用の避暑小屋として、冬は作業道具の保管場所として、オールシーズン、開拓を進めていくための拠点とします。

竹を基本的な素材として作るバンブー建築にする予定です。
隣接する竹林の竹を切り出して、竹林の整備も兼ねます。
竹刈りは冬の間しかできないので、以下のようなスケジュールで春までに完成させる予定です。

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<今後の活動予定>
vol.1 11月下旬 竹刈り 建築イメージ共有
vol.2 1月中旬 竹刈り 組み立て
vol.3 2月下旬 組み立て
vol.4 4月 完成
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<各回参加費> 
一般 7,000円(宿泊、4食)
   3,000円(日帰り、1食)
*開拓団員割引、会員割引は通常通りです。

<持ち物>
朝晩は冷え込みます。防寒着を忘れずご持参ください。
長靴(なければ貸し出し可)、日よけの帽子、タオルなど

<タイムライン>※予定
21日(土)
11時半 集合 → オリエンテーション
12時半 昼食
13時半 開拓地へ移動 → 作業
16時  作業終了 → 農場へ
16時半~お風呂(ゆりの郷へ)
    夕食準備
18時半~夕食
19時半 バンブー建築への思いを馳せる

22日(日)
08時  朝食
09時  開拓地へ移動 → 作業
   (おにぎり隊はおにぎりもって後から合流)
12時  昼食@開拓地
13時  作業
14時  片付け → 農場へ移動
15時  終了・解散
その後 希望者はやさとクラフトフェアへ

*「やさとクラフトフェア」は、やさと在住の陶芸家や木工作家など、ものづくり作家が主催するマーケットで、今年で開催22回目になります。

<申込み>
以下のフォームからお申し込みください。
http://bit.ly/1MrXUxC

※連休なので延泊も可能です。延泊希望の方はお知らせください。
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by kurashilabo | 2015-11-02 10:33 | お知らせ(告知) | Comments(0)