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憲法のこと⑦

3.11から間もない頃、かの養老氏が「大正12年の関東大震災がその後の日本の軍国主義化に及ぼした深層心理的な影響はほとんど研究されていないのではないか」と語っていたがそれが今も気にかかっている。大正時代は大勢として、欧州は第一次世界大戦で疲弊し、ロシアはまだ革命後の混乱の最中にあって極東進出どころではなかったし、中国は清から中華民国への革命の最中で、日本はめずらしく“外圧”の少ない時代にあった。そんな世界情勢を受けて大正デモクラシーが勃興し、世情は軟派に傾いていた。関東大震災はそんな日本を襲い、9万人を越える市民が死に、88万戸が壊れ、焼失した。その後日本社会は急速にタイトになり、軍国主義に傾斜していくのだが、むろんそれはそれで政治的社会的に説明はつくのだが、そこに関東大震災が人々の深層心理に与えた影響もあるのではないか、というのが養老氏の指摘であった。

 昨今の“保守回帰”の世情を見ていると、なるほどそういうこともあるかもなと思うのである。むろんこれも民主党への失望であるとか帝国としての中国の台頭であるとか、政治レベルで説明は可能である。しかしそれだけで説明つかない心理も働いていてそこを見落とすとマズイのではないか。震災後、結婚する人が増えたとか安定志向になったとかそういうレベルの心的傾向である。社会心理がフワフワした軟派からより本音の、頼りになる、硬派なものへと傾斜しており、政治レベルではそれが自民回帰を促し、自衛隊認知へと動いている。今回の改憲論が怖いのはかような大衆心理と共鳴しつつあるということであり、これは第一次安倍内閣の改憲論議の時にはなかったことだ。

 3.11の激震と大津波は日常を裂き、私たちの社会の隠されている実相を誰の目にも見える形で露出させてしまった。膨大なガレキの山しかり、2万人近い人々の屍しかり(メディアではほぼ完璧に見えなくされていたけれども)、そして福島第一原発の惨状しかり。そういう実相を見てしまった時、深層心理的不安とともにより確かなもの、馴染み深いもの、安心できるものへと人々が回帰していくのは分かる気もする。家族とか、地域とか、天皇とか(被災地を訪れた天皇がガレキの原に向かって祈りを捧げる姿に感動した人は少なくない)。もう浮かれていることは出来ない。かような自然の感情に中国やロシア、韓国などとの緊張関係、あるいは米中接近など“外圧”が加わればごく自然にナショナリズムが台頭してくるだろう。これまでのような一部イデオローグや政治家が声高に語るナショナリズムではなく、ごく自然な日常感情としてのナショナリズム。むろんその時にはボク自身のものでもあるだろうナショナリズム。

 3.11から2年3ヶ月の現在、もうあんなことはなかったかのような日常が過ぎていく。社会もそうだし、ボクの中でも。しかし3.11という日常の裂け目から文明の実相を見て、そこに文明史的反省を伴う何かを感じた人も多いはずだ。それは大正時代の関東大震災にはなかったことであり、3.11が今という時代に起きた意味だといってもよい。3.11によって文明史的反省は数少ない思想する人のものからより大衆的なものになったということもできる。それは確かなことで動かしようがない。そのような一大潜勢力が生まれている。しかしそれは根源的である分だけことばになりにくく、ましてや社会設計のプランや政治的勢力としては浮上してこない。考えてみれば当然で、それは何十年か経ってはじめて形が見えてくるものなのだろう。安倍総理は戦後レジームをより旧体制(アンシャン・レジーム)にする方向で作り変えようとしており、改憲はそのためのものだ。ボクはやはりまだ形は見えない新しい文明のレジームとして今の憲法がどれだけ有効か考えたい。憲法論議は結局、戦後レジームの次のレジームをどのようなものにするかという未来の選択だ。改憲に対して護憲を言うだけでは戦えない。

 せめて自民党の改憲案だけは葬りたい。あんなオジサン道徳ばかり説く低俗な憲法しか次の世代に残せないとしたら、今の憲法とともに生まれ育ってきたボクとしては子供や孫に何と言って詫びたらいいかわからない。S
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by kurashilabo | 2013-06-29 10:47 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

憲法のこと⑥

 東日本大震災で株を上げたのはなんといっても自衛隊である。震災直後から10万の隊員が現地に入り、捜索から遺体収容、瓦礫の処理、避難者のサポートまで、表には出なかったがその活動にはめざましいものがあった。むろん自治体の職員や沢山のボランティアまで、多くの人がそこにいたが、その装備、組織力、練度で最もハードな部分を担ったのは自衛隊であったことは多くの人が認めるところだ。多額の国費を使い日常的にそのための訓練を積み重ねているのだからそれは当然といえば当然で、あえてほめるようなことではないとはいえる。しかし「いざという時、頼りになるのはやはり自衛隊」という信頼感を多くの国民は持ったと思う。国民的信頼感がそこに生まれた。そして尖閣問題。コトの性格上、自衛隊は全く表に出なかったが、「いざという時は自衛隊が出てくる(その後ろには米軍がいる)」そう思った人は多いはずだ。この2つを通して自衛隊はほぼ完全に国民的認知を得たと思う。

 戦後、自衛隊はずっと日陰者だった。端的に言って、それは9条に違反しているからである。9条を普通に読めばそうなる。その2項において「陸海空、その他の戦力はこれを保持しない」と明言しているのだから。政権担当者たちはそこを「9条1項の戦争放棄は自衛権まで否定するものではない。2項も自衛のための“必要最小限の実力”保持を否定するものではない」と言い繕ってきた。解釈改憲と批判され、“真正保守”からも「戦う事を否定された軍隊」として不人気のこの解釈が現在最も公認された解釈である。しかしこの神学論争は“戦後的”なものだといわなければならない。一方に自衛隊は違憲であり解散すべきという護憲勢力がそれなりの影響力をもって存在し(サヨク)、他方に現実対応として軍事力が必要とする保守勢力(政権担当者)があるといういわゆる55年体制下の論争として。

 冷戦構造が崩れ、サヨクが絶滅し、世論が大勢として現状肯定的ないし現状追認的になっていく中で自衛隊は着実にその認知度を高めてきた(ここでも軍事や日の丸君が代にほとんど身体的異論を持つ戦争体験者たちが去ってしまったことは大きい)。そして今度の震災と尖閣問題である。今や自衛隊は日陰者どころか、いざという時に最も頼りになる“実力”として国民に期待されてさえいる。今朝の新聞(6/19朝日)によれば、陸海空自衛隊が米軍と合同で離島奪還訓練を実施したという(米カルフォルニア州サンクレメンテ島)。しかしその報道にはもはや軍事演習に対する批判意識は全く感じられない。むしろある種の期待感さえただよう。そしてそれはこの記事を読む読者のものでもあるだろう(ボク自身含めて)。自衛隊はりっぱな国軍に育ったのである。

 ここまでくれば「自衛隊を憲法上正当に位置付けるべきだ(憲法と現実のこの乖離は危険)」という改憲の主張は多くの人に何の抵抗感がないものとなる。他方護憲派はむずかしい立場に立たされる。護憲の眼目は9条であり、自衛隊は憲法違反の存在であるとすればその解散を言わなければ筋が通らない。しかし護憲を言う人々ももはやそこまで“戦後的”ではないし反自衛隊感情も本気ではない(のではないか)。また自衛隊解散ではもはや国民投票の過半数の同意は得られない。自衛隊を認知しつつ護憲を言うとすれば「9条は自衛権を否定するものではない。自衛隊は解釈の範囲内」と言わざるを得ない。必要最低限の実力、専守防衛として。いうまでもなくこれは解釈改憲の立場である、皮肉にも。ここが護憲派の泣き所だ。

 ボクの意見は(そんなものどうでもいいようなものですが)9条は国の拠って立つ価値として明示的に掲げておくべきだし憲法の条文としてはそれだけでいいと思う。自衛隊は現実的対応であり政治であり、解釈の範囲内である。専守防衛、能動的に戦うことを禁じられた軍隊、抜くことのできない刀、そういうものでいい。武道については全く無知だが、最高の実力(暴力)はまた発動を禁じられた実力、使ってはいけない実力なのではないか。その結果あるかもしれない軍事的、また政治的社会的不利益は引き受けるしかない。それでも自衛隊を国軍としてであれ自衛軍としてであれ憲法上認知し、戦える自衛隊とするよりリスクは小さい(気がする)。9条の規制を無くし国軍として認知すれば軍は軍としての自己運動をはじめるはずで、それは東アジアの緊張を増し、それがまた軍の自己運動にドライブをかけることになるだろう。そこをうまくコントロールできるほど日本の政治も大衆も賢くないと思っている。 S
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by kurashilabo | 2013-06-22 10:44 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

憲法のこと⑤

 「国家権力は時として暴走するから国民の側から制約を課すのが憲法」というのが近代立憲主義だという。法律はその憲法の下で国民に制約を課すものということになる。しかしそれもさることながら、憲法は「ことば」ではないかと思う。私たちの社会が拠って立つ理念、めざすべき価値を一点の疑いもなくうたいあげる「ことば」、「詩」、それが憲法だ。現実対応は政治の課題であり、法律の問題だ。今の憲法はそのような意味で「詩」たりえていると思う。
 そのような観点からすると自民党の改憲案は危険性云々以前に憲法たりえない。例えば自民党案9条では、戦争放棄を述べたあと2項において、「前項の規定は自衛権の発動を妨げるものではない。」とし、第21条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する。(注…現行憲法はここまでで終わり)2、前項の規定にかかわらず、公益および公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社することは認められない。」としている。このような場合、本当に言いたいことは一項の価値ではなく、「だがしかし」のあとの2項にあるのは明らかで、そのような現実的下心みえみえの文章は憲法のことばたりえない。今の憲法にはそのような弁解も下心もなく、明るくきっぱりとしている。それが青くさくもあるが魅力だ。

 今の憲法は占領下で作られたものであるから大勢として押しつけという性格もあり、日本をニ度と軍事強国にさせないという政治目的も当然あるはずなのだがそういうものを全く感じさせない。占領憲法というと、よほどひどい不利益、不公平な代物を押しつけられたというのであれば話しはわかり易いが、それがこれ以上ない善きもの、人類がめざすべき普遍原理だったというのがおもしろいところだ。そこにはおそらく占領の意図を越えた、戦争への深い悔恨、一度ならずニ度までも世界大戦を引き起こしてしまった人類の反省があるのではないか。戦争はもうこりごりというのは何も敗戦国日本だけのものでなく、戦勝国側(アメリカのリベラルを中心として)にも共有された時代の気分でもあったはずなのだ。大戦が終わり、しかしまだ後の冷戦体制が固まっていない隙間、そういう時代が産み落とした不思議な憲法。大戦後の、ほんの一瞬にだけありえた人類の夢、それをことばにし、文章にするとこうなるのではないかと思う。青くさくて当然、現実的でなくて当然なのだ、それは希望を、めざすべき価値を指し示すものだから。

 今の憲法は「昭和の黒船」だったのではないか。そんな風に考えることもできる。19世紀中ごろ、浦賀に来航した黒船にびっくりし、脅かされて、そこからしゃにむに日本は「近代」をめざし、それなりに近代国家らしきものを作りあげた。しかし敗戦となり新しい憲法を押し付けられてまたびっくり、近代の理念とはこういうものだったのかという驚き。この時多くの日本人は近代というものをことばとしてはじめて知ったのだ。人権、自由、個人、そうした新しいことばで考えれば戦前期日本は暗いだけの時代であり、今憲法とともに新しい時代に入ったのだという意識。これは明治期の先進的日本人が近代に触れることで、それ以前の日本を「古い、迷妄の、何一ついいことのない暗い時代」として全否定したのと同じ心理ではないかと思う。かような近代主義はその対極に「日本」あるいは「民族」などというナショナルな意識を呼び起こす。改憲を主張する人々が言う占領憲法という意味はむしろそのこと、「日本」とは何か、「民族」とは、というナショナルなものがそこに全く欠けているということなのであろう。三島由紀夫に典型的なように。憲法をめぐる論争が難しいのはそこにかような日本近代の構造が顔を出すからであろう。護憲を言う時、その普遍原理が西欧近代の、という限定付であることはよく考えておくべきだと思う。S

※参考
日本国憲法改正草案(自民党作成)
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by kurashilabo | 2013-06-15 10:41 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

憲法のこと④

 当時は永遠に続くかと思われた戦後の冷戦体制も、ベルリンの壁の崩壊からソ連の解体へとあっけなく崩れ、「世界史はこのように動くものなのか」と驚いたものである。しかし東アジアの冷戦構造の解体はヨーロッパのようにわかり易いものではなかった。中国は以前よりソ連と敵対しつつ2千年来の中華帝国のうえに社会主義建設を進めていたからソ連の解体に連動して解体することはなかった。当時の世界的な民主化に押された中国の民主化運動は天安門の弾圧で抑え込まれたままである。しかしむしろ鄧小平の社会主義市場経済という路線こそが中国的冷戦構造の解体といえるのかもしれない。社会主義を放棄して資本主義化したという意味で。共産党が共産主義の理念を失いかっての中華帝国の王朝に先祖返りしたという意味で。西側にある台湾との対立は残されたままである。朝鮮半島も北朝鮮が独自の王朝を築き情報閉鎖していたため今もって冷戦構造の38度線で分断されたままである。北方には戦後問題である領土問題(北方四島)で譲らないロシアがいる。東アジアは冷戦の遺物を引きずりつつ冷戦後を迎えた。

 勃興する中国・韓国・ロシア、不安定要因の北朝鮮と台湾。こうしたやっかいな相手と、どのようにして東アジアに新しい秩序を作っていくのか、これは難題である。そしていうまでもなく、これは明治以来、戦前期日本が直面した問題の再来であり、地勢学的な宿命である。ただし、戦前期とは全く違う位相においてではあるが。すでに近代化(経済、社会、軍事…)において日本が一人勝ちの時代は遠くに去り、それだけでなく、日本は敗戦国であるが中国も韓国もロシアも戦勝国であるという関係のなかで。 「外圧」を気にすることなく明日を語ることのできた古き良き時代は過ぎ去った。現行憲法でこれからやってくるはずの難題に立ち迎えるのかどうか良く考えておかねばならない。

 尖閣問題はその先触れだと思うので少し考えてみたい。思考の練習として。偶発的化あるいは何かの契機に「帝国」中国が尖閣諸島に手を出したとしよう。普通に予測すれば海上保安庁で対応できなければ自衛隊がでて限定的であれ軍事衝突となる。この戦争にどちらが勝つかわからないが、米軍の介入なしでも日本が勝つとの分析も報道されている(アメリカのアナリストの報告など。自衛隊はそんなに強いんだ、ヨカッタヨカッタと胸をなでおろすアナタ、十分軍国主義になってます、ボクもそうだけど)仮に日本が勝ったとして、では中国が「ハイ負けました」と言うかといえばそんなことあろうはずがない。レベルアップした本格戦になれば日本は勝てない。何万人戦死者が出ようと意に介さない軍事体制にある国と、70年近く一人の戦死者も出していない、戦場も知らず一人も殺したことのない国、戦争を想定していない国との戦争なのである。米軍頼みになるが、たかが尖閣ごときで米国が中国とことを構えることはありえない(日米安保があったとしても)。これを機に日本は急速に、一丸となって軍事を志向するようになるだろう。(例の暴走老人の「日本は軍事国家たれ」「核の保有も」という発言を妄言とあなどってはいけない。十分ありうる予測である)憲法改定はそのような状況の予測を含んだものに違いない。

 尖閣をめぐっては別の選択肢もありうる。十分な防衛体制をとるにせよ、明らかに軍事衝突が予測される局面では引くのである。尖閣を捨てる。国家という自我にとって、こういう弱腰はありえないし大衆の気分を逆なですることにはなる。しかし、よくよく考えた政治として。「尖閣を捨てたら次は沖縄が」ということにはならない。世界からみて尖閣は領土問題であり、全世界が日本側につくということはないだろう。しかし沖縄は領土問題ではない。沖縄に手を出せば中国は世界を敵にまわし、世界と戦争することになる。そんな力は中国にはない。グローバル化した世界の中での現在の中国の繁栄であるから中国もそんなバカなことはしない。(日本は)尖閣を捨てて世界に向け次のようなアピールを出すのである。

「日本国民は恒久平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。(憲法前文)」 

「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」


どちらを選択しようとリスクゼロはない。しかし軍事に傾いていかざるをえない一見現実的な選択と平和主義的選択のどちらの方が本当によりリスクが小さいか、よくよく考えておかなければならない。 S
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by kurashilabo | 2013-06-08 09:56 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

星フル露天風呂作り 第3回レポート!

なんと今回は、前回の宣言通り、初日の夜に露天風呂に入りましたよ!!!
すごい、超気持ちよかったです!
そんな様子をレポートします☆


まずは恒例となった小芝居から。今回は、気が早いシキウスが浴衣を着て鼻歌交じりに登場。
その姿を見られてしまい、恥ずかしくて走って逃げていく、というストーリー。
(シキウスは走り去ったので写っていません f^_^; )

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初日は全てお風呂に入るための作業。それぞれやりたい作業に分かれて進めました。
3チーム同時平行レポートでどうぞ~!

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三人同時入浴!
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いや~、本当に最高でしたよ~★★★







と、ここまでが初日!



続いて2日目です。ポンポンポンッと参ります。

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と、こんな感じで予定の作業を終え、最後は集合写真。
なぜかCDのジャケ写みたいに撮ろう、という事になり一枚★(誰も目線が合ってないww)
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もう一枚、井戸の前で良い感じの写真があったのでこちらも!
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ますます盛り上がってきた星フル露天風呂作り!

これからまだ、やぐら作りや、ウッドデッキ作り、石畳の設置、照明作りなど、楽しめる作業がいっぱいあります。

今からでも遅くない次回4回目は、8月17日(土)・18日(日)の2日間です。

初めての方もぜひふるってご参加ください。参加申し込みはこちらから
風呂チームはみんなアットホームでウェルカムな雰囲気です~♪
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by kurashilabo | 2013-06-07 20:26 | (露天風呂作りまとめ) | Comments(0)

【陸豆部参加者募集】大豆の種まきは6月29-30日です。

日本で暮らす私たちにとって、もっとも身近な穀物といっていい大豆!普段何気なくつかっている醤油も味噌も豆腐もサラダ油も大豆がなければ作れません!
陸豆部では収穫した大豆を使って、冬の間に味噌や醤油を仕込む体験企画も行います。大豆を播き、収穫し、そこから味噌、醤油を作るという行程を一緒に楽しみましょう。

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●種まき&醤油蔵見学
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<日程>6月29日(土)~6月30日(日)

<場所>暮らしの実験室やさと農場
    (茨城県石岡市柿岡1297-1)

<集合>12:15(農場集合)
 11:35石岡駅発のバスに乗るとちょうといいです。
 石岡駅からの行き方→
 http://yasatofarm.exblog.jp/10844737/

<費用>
入部費:1区画(12㎡)2000円
  ※2~3キロの大豆がとれる予定です。
  ※MY醤油をゲットしたい方は、2区画がお勧め。
  ※収穫した大豆の中から700g使って2キロ程度の味噌を仕込みます。
  ※味噌仕込みの時には大豆以外の原材料費を別途いただきます。

農場利用:
 宿 泊 3,000円(会員 1,000円)
 日帰り 1,500円(会員 無料)
 食 事 1回500円

蔵見学実費(ガソリン代、高速代など人数割します)

<定員>18名(宿泊)

<申込締切>6月22日(土)

<申込フォーム>
以下のフォームに必要事項をご記入ください。後日持ちものなどの詳細をお送りいたします。
http://goo.gl/cYFxH

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<年間作業日>
6/29-30種まき
7/27-28除草、
11/4収穫
11/30-12-1脱粒   全4回

<味噌仕込み&醤油仕込み>
2月中下旬の土日に行います。
醤油仕込みは今回初の挑戦となります。

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<タイムライン>
6月29日(土)
12:15 集合
12:30 昼食
13:30 大豆のレクチャー(by舟田)
14:00 種まき
15:00 休憩
15:30 初めての方は農場案内
16:30 夕飯作り/お風呂(銭湯いく人)
18:30 夕食
19:30 ※夜のお楽しみ

6月30日(日)
07:00 朝食づくり
08:00 朝食
09:00 醤油蔵見学ツアー
 *昼食は外で。農場に戻ってきて解散(予定)

※梅雨時期なので、天候によっては種まきの日時がずれることもあります。

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【お問い合わせ】
kurashilabo@gmail.com (姜)

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by kurashilabo | 2013-06-05 10:34 | お知らせ(告知) | Comments(0)

憲法のこと③

 現行憲法は敗戦とともにあった訳だが、「敗戦後」という時代がほぼ終わったということをまず思う。改憲が気軽に口にできるようになったのは「敗戦後」が終わったからである。戦争をその身で経験し、300万余の無残な死とひきかえにこの憲法はあると実感できる人々が去ってしまった。多くはすでになく、生きてはいても表舞台から退場した。右であれ左であれ、彼らが社会の中核にいる間は、憲法がどれだけ矛盾を抱えていようとも、改憲は一部保守イデオローグのものでしかなかった。1970年、三島由紀夫が「檜の会」の青年たちと市ヶ谷の自衛隊に突入し、自衛隊員の決起を促し、改憲の熱弁をふるった時も(そんなこと言っていたと思う)思想界には衝撃的ではあったが社会の大勢は全く変わらなかった。1970年は敗戦後25年に過ぎず、20歳で戦地から帰還した人は45歳で社会の中核にいて、40歳で敗戦を迎えた人も65歳でまだ現役だった。社会からは戦後色はすでに消えていたが、まだ「敗戦後」だったのである。人は老い、人は死ぬ。2013年の現在、敗戦後20歳であった人も88歳だ。直接経験としての戦争はほぼ終わり、「歴史」になりつつある。「どんなことがあれ、戦争はもうこりごり」という世代が去ってしまうとこの憲法は存外もろい気がする。

 日本国憲法はとんでもなく青くさい。たとえば憲法9条は次のように言っている。「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」 これは崇高であるかもしれないが理想論である。これでリアルポリティクスがやれる訳ないから様々な詭弁を労し、矛盾を抱え込む。理想論は崇高であればそれだけ扱いが難しい。現実との間の矛盾に悩む。それでやっていくには大変高度な思想的熟練と現実対応力が求められる。しかし戦後の日本は(戦無派のボクたちは)その訓練を全くしてこなかった。「ともかく良いもの」「「ゴケンゴケン」というだけで済ましてきてしまったのである。成熟と現実的対応力が求められる立場にはいなかったからといえばそれはそうなのだが。

 実のところ、私たちはこの憲法を自分のものにすることに失敗してきたのではないか。今そこを衝かれている気がする。現行憲法は民主主義を宣言しているがこの憲法の成立過程自体は民主主義的とはいえない。民主主義というものが「参加の実感」だとすれば、大多数の日本人はこの憲法の成立に何ら関わっていない。敗戦後、いくつかの民間の憲法草案があり、政府案もでて、GHQの草案とのすり合わせでできたとはいえ、そのプロセスに参加できた日本人はごくわずかであり、占領下であったことは否定できない。大多数の日本人は玉音放送で敗戦を受け止めたのと同じ態度で新憲法という新しい玉音を聞いたに違いないのだ。中味は天と地がひっくり返っても精神構造(OS)は一夜にして変わる訳がない。天から降ってきたありがたいおふだ、天皇に替わる新しい錦の御旗、そういうものとして新憲法は受け入れられた、ミもフタもない言い方になるが。精神の土台において戦前も戦後も実はそれほど変わっていないのではなかろうか。その受け入れ方が今を規定している。

 戦争を自分しとして経験し、戦後社会の制度設計をした世代が去り、本当は次に続くボクたちの世代が憲法を選びとるという営為をどこかでしなければならなかったのだろう。しかしそういう契機がなかった。ずっと平和ボケしていたから。いや、日本人はそういうことができないのかもしれない、もともと。世間と空気を読む人々だから。戦争は知らないが憲法とともに「戦後」を生きてきたボクたちの世代の多くはそれでも「憲法はともかくもいいもの」という観念がしみついている。平和憲法の子どもだ。良くも悪しくも。今の世代はどうなのであろう。農場で憲法が話題にのぼったことは記憶では一度もないのだが。S
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by kurashilabo | 2013-06-01 09:53 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)