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ふみきコラム1128

 農場では農業新聞もとっているが、紙面を開けばこのところTPPの話ばかりである。
 TPPとはどういうもので、どう私たちにも影響がでそうで、どう対応したらいいのか、農業者として黙っていていいのか。そう思わないわけではない。しかし正直、いまひとつ関心がそこに向かわない。農場内でもそれが話題に上る事はほとんどない。ここの農業は市場流通から切れているからということもあるが、それ以上にJAや農業関係者等業界の人たちと、私たちのような新規就農者と称される人たちとで、農業問題への位置が全く違うからだ。私たちは確かに農業者ではあるが、いわゆる農業者でも農民でもない。両者は外見は似ているが全く別の代物なのだ。
 従来の農業者(農民)は「家の田畑を受け継ぎ、自分もまた農業をやっていく、そこに多くの苦労はあったとしても実存的(?)問題は無い。しかし新規就農者は(一概には言えないが)「都市」の中で自己形成し、その実践的批判のような動機で就農する事が多い。一つの人生選択としての農業だ。それは端的に言って都市問題なのである。彼らは農業用語を使って「都市」や文明について語っているといってもよい。自給的とか農的暮らしとか自然との共生とか無農薬とか自然農とか、そういうのは農業問題ではない。そういう人にとってはTPPも農業問題も自分のテーマにはならないだろう。自分の出自を忘れて農民の如く農業問題を語るのは道を誤るもととなる。いまひとつは新規就農者という存在自体が実は最も深刻な農業問題なのではないかと考えているからだ。 都会の人が借地であれ購入であれ田舎に農地を得ることができるのはそこに遊んでいる農地があるからだ。それは養蚕盛んになりし頃の桑園であったり(これが一番多い)、高齢化でもう管理できなくなったり、経営に値する作物が無かったりして遊休農地化している田や畑だ。それは端的に言って日本農業の残骸なのである。
 この農場にしてからがそうで、ここは元々松林だったのだが、戦後のエネルギー革命や(薪炭が無用になった)農業の化学化(山の落ち葉は必要なくなった)や林業の衰退などで無用になったから借りる事ができたのである。そうしたことが農業問題なのだ。

 また新規就農者には「古民家」が人気だが、空いた民家は往々にして絶えた家なのである(子どもは都会に出て戻らない、親は死んだり、高齢化で子どものところに引き取られたりして、維持できない等々)。また最近の農村は開けて都会の人への拒否反応が少なくなったともいう。確かにモータリゼーションの発達や情報革命は都会と田舎の差を小さくしたという事はあるだろう。しかし健全で強い農村というのは元来排他性が強いものなのだ。
 ムラは数百年にわたり自治的に(時代によりその程度は異なるが)運営されてきた共同体だ。自治的共同体というのは本質的に排他的なのである。今では想像もできないが、今に続くムラが立ち上がってきた中世にはムラは武装し、しばしば隣ムラと出入り(合戦)さえしていたのであり、ヨソモノが入り込めるようなところではなかった。その精神は江戸・明治・昭和と形は変わっても続いてきた。ムラが開かれたというのはムラが民主化された訳ではなく、単に共同体が解体したということの一つの指標にすぎない。かようにムラや農業が解体したおかげでボクらは田舎で遊べるようになったのだ。そのことを忘れてはならない。そういう人たちが農民ズラしてTPPがどうのと言っても説得力は無いだろう。農業問題はどうでもいいと言っているのではない。私たちにはそういう歴史的・社会的位置にいる者としての農業・農村問題の語り口があるはずなのだ。それをどこの誰も語らないということこそが問題なのではないか。
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by kurashilabo | 2011-11-28 21:25 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム1120

 本屋で立ち読みをして雅子様情報などをとり込んでいたら(彼女も大変そう)ふと「のこされた動物たち」という表題の写真集が目にとまった。原発20km圏内の記録なのだが、よせばいいのにページをめくりまたせつなくなった。主に犬と猫の保護活動の記録だが、牛や豚のつらい写真もある。こんな写真をみてどうなるものかと棚に返し帰ろうとしたのだが、どうも気になりまた引き返し、「1,300円かぁ」などと逡巡したのち、これも供養の内と買って帰った。
 「NPO法人ねこの代理人たち」とか「ねこひと会」などという怪しげな団体があるらしく、20km圏内での保護活動に尽力している。動物愛護団体というのはどこか世間の常識が通じない人たち、犬猫のため(と自分が思うと)常軌を逸した行動に走る人たちという印象があって近づきがたいものがある(過激派!)。しかし放射能をものともせず、即20km圏にとび込み、犬猫の保護に文字通り走り回るという行動力はすごい(やはり常軌を逸している)。ボクはとてもそんな行動力もカネもないが(相当のお金がかかっているはず)自分を振り返ると犬猫の事となると何でもしてやりたくなり、すぐ感情的になって「ねこの代理人」や「犬の代理人」になってしまう。実は愛護団体の人と全く同じなのである。

 こういう精神って何だろう?子ども(幼児)性なのだろうか。そのような人は往々にして、人間の無残な死体の写真を見てもわりと平然としているのに、動物たちのそれは見ていられないのである。ボクもまた死体がゴロゴロした戦争の写真などは割りと平然とみてしまう。むろんひどいなぁとは思うが感情的になることは少ない。 しかしこの本の、糞尿と仲間の死体の中にへたり込んで動けなくなり、頭だけ挙げて涙目で弱々しく鳴いている牛の写真はまともに見ることができない。動物の写真はなぜこんなに情動を喚起するのだろうか。オレの精神はどこかおかしい、冷酷なのではないか、などといぶかしく思ってきたが、どうもそれは違う気がする。昔、戦国時代に来日した宣教師が残した記録に次のようなエピソードがある。

(正確ではない)「日本人は鶏を1羽殺すのに大騒ぎする。しかし人の首を落とすのは平気である。」ちょっと笑いたくなるが、その心情はよく分かってしまう。日本人の気質は昔から変わっていないのである。(どこか人の命を重大に考えない、執着しないという傾向は戦争での特攻隊から今日の死刑制度の議論にまで底流している気がする)人の死と動物の死を、私たちは心の別なところで受け止めているのではなかろうか。人の死はたかが人間世界の出来事にすぎない。それは因果応報であったり諸行無常ではあるが了解可能な事である。しかし動物の死はもっと無垢な世界の出来事で、心のもっと深いところで感応している。人の死でも自意識のまだ育たないいたいけな子どもの死は理由もなくつらい。それはたぶん小さな子どもたちは人間世界の住人ではなく、まだ神の領域の住人だからだ。それと同じである。親の死には涙しなくともペットの死には泣き崩れる人がいても驚くことはない。自分がそうだからだ。話が変になってしまったが、例のへたり込んで弱々しく鳴いていた牛たちも、7月の段階ではすでにうじ虫さえ無く、毛と骨だけを残し、牛舎には静寂だけがあったということだ。「家畜たちの代理人」たらんとするボクは、誰に何と言えばいいのだろうか。ギャーテーギャーテ、ハラソーギャーテ、ボージソワカ。
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by kurashilabo | 2011-11-20 09:51 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

やかまし村イベント きこり体験 & 巨大クリスマスツリーを作ろう!!

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-- 2011年最終イベント きこり体験 & 巨大クリスマスツリーを作ろう!!

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「冬になると何故かセンチメンタルになるんだよね。」
「昔、大きなクリスマスツリーに憧れてたなぁ。おっきなプレゼントとか側に置いてあるようなやつ」
「家族皆で電飾飾ったりしてたなぁ」
「一回でっかい樹を切り倒してみたいんだよね」
「しらゆき姫の7人のきこりが萌え…」

な~んて思っている、そこのあなた!!
こんにちは、となかいサンタ佐名木です。

いよいよ今年も1ケ月半を残すのみとなりました。
うっかり今年の振り返りをしてしまってはいませんか?

一年の最後の最後まで全力で駆け抜けるやかまし村!
もちろんやります12月の最終イベント、その名も「きこり体験 & 巨大クリスマスツリーを作ろう!!」

仕事に忙殺されて今年の思い出が足りない!!
クリスマス前なのに、前の恋が忘れられない。。
クリスマスまでに恋人を作りたい!!
森から木を切るところから、でっかいクリスマスツリーを作ってみたい!!
林業って実は熱いんじゃないか!?と密かに思っている。

そんなあなたのためのイベントです。

当日は楽しい企画が盛りだくさん!!

【キコリなりきり体験】
素敵な森で、素敵なクリスマスツリーの木を皆で切るところから始めます!
ひと手間掛けるのが大人の遊び!!
まき割りもするよ!

【巨大クリスマスツリー作り】
切ってきたばかりの木に皆で電飾☆素敵なツリーを作ります☆

【センチメンタル焼き芋】
寒い季節にはやっぱり焼き芋。しかし、ただの焼き芋ではありません。
そう、あなたの引き出しに残っているセンチメンタルな想い出の産物達。。。
来年にその想いを持ち越してよいものか。。
そう、

【林業にふれるワークショップ】
つくばね森林組合の全面協力で実現するこのイベント。
今宵、ほんの少し林業について皆で考えてみませんか?
林業に興味のある若者が熱く語ります!!

【ツリーハウスからたまご掛けごはん!】
全然関係ないですが、やっぱり朝ごはんはツリーハウスからたまご掛けご飯!
樹の上に建つツリーハウスから生卵を落下!無事、地上であったかご飯の上にキャッチできるか!!
※失敗した方は、ツリーハウスから熱湯お茶漬けをしていただきます。。

【まき割り体験】
世の中には「まき割り機」というものがあるそうな。いったいどんな構造なのか。
もちろん斧でのまき割りで背筋力を見せびらかすことも可能です!

皆さん、ふるってご参加ください!!

【日時】12月10日(土)~12月11日(日)

【場所】茨城県やさと農場およびつくばね森林組合ご紹介の森林
(常磐線石岡駅~バス20分程度)

【スケジュール】
■12/10(土)
・08:00   上野駅構内のNEWDAYS前(10番ホームの近くです)
・11:00   やさと農場到着
・11:30   つくばね森林組合ご紹介の素敵な森へ移動(おにぎりランチ)
        クリスマスツリー&まき割り用の樹の間伐!
・16:00   農場にツリーを運びクリスマスツリー作成開始!!
       美味しいご飯とお酒を頂きながら、皆で大きなツリーを豪華に飾ります☆
・20:00~ 林業に関するワークショップ
       以降は、有志による宴会♪
■12/11(日)
・7:30   朝食:ツリーハウスから卵かけご飯
・9:00    まき割り体験
・12:00    センチメンタル焼き芋&昼食
・14:00     農場にて解散(上野に向かう場合、到着は17:30頃になります)
※上記は予定時間です。若干の変更が入る可能性があります。
※途中参加・途中解散大歓迎です!
※ごはんは農場の旬のお野菜を使ってみんなで作って食べます!

【最大参加人数】  20名
※参加応募はお早めに!!

【費用】9,000円(交通費は別途かかります)
※農場の野菜を購入できる「ヤッカ」1000円分が含まれます

【企画者】
村 長:佐名木亮平(さなぎりょうへい)
副村長:募集中

【申込方法】
以下のURLから申し込み下さい。(携帯からの申込も可能です♪)
→http://www.noisyvillage.org/resist
※遅刻・

(このURLから申込みをいただいた方に、持ち物や詳細の
ご案内を当日までに、お送りさせていただきます)

※開催予定日2日前から一部キャンセル料が発生しますので
ご留意ください(全日2日参加⇒2000円、1日参加⇒1000円)

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★やさと農場とは?(茨城県石岡市)
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「いたるところにfarmを、いたるところをfarmに」

それがorganicfarm暮らしの実験室の旗印。
無農薬の田んぼ・畑に、ブヒブヒの子豚、にわとり、
メーメ~ヤギとあひるが住まう。自然と人、家畜と人、
人と人が対等に向き合う空間。そんなやさと農場。
なんてったって、農場がサイコー!一面田んぼで、小川が
流れてるきれいな場所に、自分たちで作ったオープンカフェ
みたいな素敵な広い家!コブタやヤギやにわとりや森の中の
動物や空の無数の星に囲まれた癒しの空間であり農としての
生き方、自分たちの暮らしを見つめ直す実験室なのです。

http://homepage.mac.com/kurashilabo/
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★やかまし村とは?
やかまし村は、都市で生活している人に農村の暮らしとの出会いの場を
提供し、新たな暮らしのきっかけ作りをしています。

http://www.noisyvillage.org/b/
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by kurashilabo | 2011-11-19 15:09 | お知らせ(告知) | Comments(0)

「縄文ハウス」イベント!!~ロケットストーブで暖まろう!!~

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      ≪「縄文ハウス」イベント!!≫
    
     第7回~ロケットストーブで暖まろう!!~
  
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気付けば夜はすっかり寒くなりましたね。
日に日に暗くなる時間も早くなって、冬の訪れを感じているこの頃です。

今年は日常で、エネルギーの事を考える機会が増えた方が多いのではないでしょうか。
そんな中、注目を浴びている、ロケットストーブを体感出来るイベントのご案内です☆
「住める」竪穴式住居、『縄文ハウス』を造るイベントシリーズ
これまでのイベントで縄文ハウス(竪穴式住居)を作り、前回のイベントでは
中にロケットストーブも手作りしました。今回はそのロケットストーブの
威力を体感しようというのが今回のメインイベントです☆
そのほか、前回イベントではまだドングリが青くて作れなかったドングリクッキー作りや、
農体験も体験することができます!
これまでのイベントに参加出来なかった方も、もちろん大歓迎!
竪穴式住居+ロケットストーブは暖かいのか、みんなで一緒に体感しましょう!


◆■ 第7回イベント[11/26-27] 募集要項 ■◆
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●コンテンツ
◎ロケットストーブで暖まろう!!
・ドングリクッキーを作ってみよう
・大豆を収穫してきな粉クッキーをつくろう
・縄文ハウスで料理を作ろう
 その他いろいろ


●日時:2011年11月26日(土)~27日(日)
 
 26日昼12:30に農場集合、27日夕方に解散予定
 (上野9:49発、石岡11:28着の電車、11:35石岡駅発のバスに乗る)
※農場がはじめての方は朝上野駅に集合し、その後、みんなで農場に向かいます。
 詳細は参加フォーム入力後に、こちらからご案内いたします。
※一泊も日帰り参加もOKですが、全日程参加をお勧めします♪

●開催場所:暮らしの実験室やさと農場 (常磐線石岡駅~バス20分程)
〒315-0116茨城県石岡市柿岡1297-1 Tel: 0299-43-6769
アクセス: http://yasatofarm.exblog.jp/i7/
●募集人員: 先着20名

●参加費:7000円
<内訳>
・イベント参加費2000円
・宿泊、食費別途5000円(宿泊:3000円×1泊、食費:500円×4回)
・その他、希望者は温泉代(500円)、お酒代(好きなだけ)別途
※学生と子供は宿泊費が半額になります!(-1500円)
※日帰り参加者は参加費が3000円になります
 (農場利用料。イベント参加費、食費1回分込み)
※今回は縄文ハウスに泊まることも出来ます!(寝袋持参&宿泊費500円引き、先着4名)
 
●申し込み:
こちらから申し込んでください。
http://my.formman.com/form/pc/xEgvFNwDHuYiwhJi/
携帯からだと送信できないことがあるので、できるだけパソコンから
送信してください。
 
●募集締め切り11月20日(日)
・募集定員になりましたら、早めに締め切りさせて頂きます
・キャンセルについて
 11月24日(木)までキャンセル料は発生しません。
 24日以降のキャンセル料は一律2000円です。(日帰りの人は1000円)

●持ち物
・着替え(寒いので上着は厚めで!)
・常備薬等

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●《ロケットストーブとは!?》
簡単に言うと、かなり効率の良い薪ストーブです。
主な特徴は、
・断熱性の煙突によって中は約1000℃になり、薪を完全燃焼させる
・ダクトを土でできたベットやベンチに埋め、蓄熱させることで
 薪から得た熱をほとんど使っている
・少量の薪で長時間燃える

●《縄文ハウスって!?》
縄文時代の竪穴式住居です。
ただし、古代を再現して考古学的展示する為に建てるのではありません。
そこで生活してみたいのです。
だから快適に住めるように、夏は涼しく冬は暖かく、
水に電気に現代的生活のあれやこれ。
もじゃもじゃ筋骨隆々な縄文人だけが住めるようなシビアな竪穴式住居じゃない。
もやしだって、女性だって住める、快適なかわいい竪穴式住居です。

●《テーマ》
1、『あるものでつくる』
その場所や地域にあるもの、もらえるもの、捨てられたもので造る。
生活の基本である衣食住の「住」は大金を出さないと得られないものなのか。
そんなことはないはず。モノがあふれる現代では特に、利用できるものが
ゴロゴロあるはず。

2、『手作り』
自分の手で、みんなの手で作り出すのは楽しい。
みんなイチから作りたい。
そして作るのは建築物だけじゃない。
水は井戸、電気は自家発電、火は薪。
生活が自給。
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★やさと農場とは?(茨城県石岡市)
「暮らしの実験室」が運営する無農薬・有機栽培の
循環型農業を実践する農場。
「いたるところにfarmを。いたるところをfarmに。」を旗印に、
鶏、豚、アヒル、ヤギ、犬、猫と人が住まう、
自然と人、家畜と人、人と人が対等に向き合う空間。
http://yasatofarm.exblog.jp/

★やかまし村とは?
2008年5月にスタートした「やかまし村」イベントは、
都市の若者が、土や生き物に触れて、癒され、心と身体を解放する
イベントを継続して開催してきました。
そこで出会った仲間たちが、東京でシェアハウスをはじめ
農場の野菜をみんなで食べたり、手づくりレストランなどの
イベントを開催して都市で生活している人たちに、
新たな暮らしのきっかけ作りをしています。

★やかまし村建設プロジェクトとは?
去年、やさと農場でツリーハウスをつくり、手作り建設の楽しさに
味を占めた人たちが、もっと多くの人を巻き込んで、やさと農場内
にさまざま建築物を作っていこうとしているプロジェクトです

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by kurashilabo | 2011-11-14 12:00 | お知らせ(告知) | Comments(0)

ふみきコラム1113

 とある人から「3.11以降の有機農業について」と問われてハタと返答に詰まってしまった。しかし…、それ以前・以後と区別するような本質的な違いはそこにはないのではないか。自分の農業も去年と何ら変わるところはないし。土や水や空気や光を米や野菜やお肉に変えるのが農業だからそこが汚染されたらもうどうしようもない。それは大問題だがしかし、それは有機農業に限った事ではなく、普通の農業もそうだし漁業だってそうだろう。生産物が売りにくくなった、消費者を失ったというのも有機農業に限った事ではない。ただ有機農業の関係者は皆、安全性という事にこだわりをもってやってきたらかその問題はよりシビアーにでるということはあるだろうけれども。

 昔、チェルノブイリ原発事故の時、「これからは化学肥料の方が安全という事になるのかねぇ」などと冗談半分に話し合った事があった。今回はそれが冗談ではなくなったという事だろう。山の落ち葉をさらって堆肥を作り、それで畑を肥沃にするというのは有機農業の基本だが、今それをやれば山を除染し、その廃棄物を畑に投入している事になってしまう。笑い話ではない。本当にそうなのだ。茨城県内各地で捕獲したイノシシを調べたところ、複数の地点で規制値(500bq/kg)越え、(900bq位)その中には土浦近辺のイノシシも含まれている。本来は一番清浄なはずの山の幸で生きているイノシシがそれだけ汚染されているという現実がある。それを知れば落ち葉をさらって畑へ、などと気楽に言っていられない。かように安全という事だけ考えれば「できるだけ自然のものは使わないでいこう」ということになってしまう。とんでもない事だがそれは事実で、そこだけを見れば「有機農業は終わった」という結論しか出てこない。

 農業はむろん農産物の生産と販売(流通)を目的に営まれていて、そこでは安全性は品質の重要なファクターだ。しかしそれは農業の<経済>というレベルの話だ。それが農業の全てではない。農業は単に<経済>であるだけでなく、人と自然の関わりのあり方の一つの形である。文明史的な見方をすればそうなる。狩猟採集の旧石器時代までは人はダイレクトに自然と向き合っていた。いや人自体が自然そのものであったから人と自然という言い方自体がそこにはなかった。動物としてのヒトだった。しかし新石器時代(農業革命以後)になると、自然そのものとしての野性は背後に隠れ、栽培植物や家畜、田や畑、住居(小屋)等々という<家畜化された>者たちと暮らすようになる。彼ら(それら)は自然からやってきた者として半分はあちらの世界に属しているが、家畜化された者として人間(人為)世界の住人でもある。そのような両義性(媒介性)をもつ者(モノ)たちと共棲し、その中で暮すようになったのが農業社会である。そのような暮しの中で私たちはヒトから人間になってきた(イノシシが豚になったように)。農業を経済としてではなく、文明史的にみればそうなる。そして今日、農業が都市住民の間で話題になる時、ほとんどが経済としての農業ではなく、農業の持っている<人と自然を媒介する>という機能についてなのである。それは60年代以降の農業の近代化の追程で、農業が本来持っていた<媒介する>という農業を農たらしめていた根本が失われてしまった、あるいはひどく貧弱になってしまったからだ。媒介性の回復を主たる動機(目的)にする農業を一般には有機農業と呼んでいる。

 3.11以降、「安全な」という売り方はしにくくなったということはあるが、放射能が降ったからといって媒介性の回復という本質に変わりはないのである。むしろ「安全」という観念によりかかっていたものが崩れ、より本質的な力量が問われるようになったということであろうか。しかしそんなことを言っていられるのも「茨城はまだ汚染がこの程度」だからで、福島にいれば、あるいは浪江町の住民であったなならばおのずと答えは変わってくる。そこは災害の無慈悲なところである。」
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by kurashilabo | 2011-11-13 09:47 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム1106

「火が燃える」ということをボクはずっと、ほとんど無意識に、自然現象だと思っていた。しかしそれが生物界に特有な現象だということを、今回の原発事故とのからみで教えられた。

言われてみれば当たり前なのだがそんなことは考えもしなかった。燃える素材は薪であれ石油であれゴミであれすべて炭素を含む有機物で、これはいうまでもなく生物由来だ。酸素もまた地球上にもともとあった訳ではなく、葉緑体をもった藻の一群が十億年、二十億年という途方もない時間をかけて大気中に増やしてきたものだ。その一部はオゾン層となって地上に降り注ぐ有害な紫外線を防いだ。オゾン層ができて、初めて生物は地上に進出できるようになったのだが、それはたかだか5億年(?)位前にすぎない。地球史を40億年とすれば実に35億年間は地上に「燃える」という現象はなかったのである。火山の爆発はあってもそれはマグマの噴出であって、何かが燃えているわけではない。月にも火星にも「燃える」ということはなく、それは地球上の生命活動に伴って出現した生物界特有の、極めて珍しい現象ということができる。拝火教とまでいかなくとも、多くの神話や宗教で火の神は重要な役割を担っている。また私たちは日常、薪を燃やしたりする時、火を見ながら時間を忘れて燃やし続けるという経験はないだろうか。

良きにつけ悪しきにつけ、火は暮らしにとって重要だという現実的理由もあろうが、何かそこに懐かしいもの、生命と呼応する何かを感じとっているかもしれない。(体の中でも炭素を燃やしているわけだし)水を見る時、何か親しいものを感じるのと同じように。火には人を瞑想に誘う何かがある。ローソクの火でさえ確かにそれはある。

農場では今、カンヌシ(小埜君)を中心としたグループが縄文ハウスなるものを建設中である。次第に形を為してくる縄文空間の中で、ヌシがチロチロ火を起こし、その煙が外にたなびくのを眺めていると、暮らしの一番の基本は火だなぁと実感する。イロリであれカマドであれストーブであれ、火を中心に暮らしは立ち上がり人が集う。火を観て人は想いにふけり、恋を語らう。オール電化とか言って、火のない暮らしを推奨する人々の精神の貧困を私は嘲いたい。
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by kurashilabo | 2011-11-06 09:45 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)