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ふみきコラム1029

考えてみればペットというのは奇妙なものである。「飼うこと」自体が目的の動物たち。役に立つことは何ら期待されていない。家畜が役に立つ事だけを目的にした動物だとすれば、その対極にいる者たち。彼らがおいしそうに餌(いえ、ごはん)を食べ、尾を振り、キラキラした眼で見つめてくるのをみたい、愛撫したい、ただそれだけのために、日本中で一体どれだけの人が、どれだけの時間とお金をかけて彼らに奉仕していることだろう!財布のヒモの固い人も彼らのためなら出費を惜しまない(小生など恐ろしくて動物病院などとてもいけない)。人間様にこれだけ奉仕させるのだからペットはすごい。

これに似た行為をさすがとすれば、神様に対する時くらいではなかろうか。神前の草を刈って掃いたり、花を供えたり、投げ銭をしたり、踊り奉納したり、これらはすべて、ひたすらの奉仕であって(本来)何かの「お返し」を期待するものではない。神への純粋贈与である。そして神様はそのような人にだけ現前する。神様との回路が開きその声を聞くことができる。何もしないで待っていても神様は見えないしやってこないのだ。

ペットと神様を同列に扱うのは畏れ多いことだが行為としては実によく似ている。人にはひたすら奉仕する対象が必要なのだろう。そこに癒しと救済がある。現代人は神様を信じられなくなっているから神々への奉仕活動というのは抵抗がある。その分だけペットが幅を利かせているといえるかもしれない。神様がいなくなった分だけ、世界が散文化した分だけ、ペットたちは人の心の奥に入り込む。奉仕した分だけかわいさは増し、心に深く入ってくる。「自分」から自由になり子どもになれる。身近にカミガミが生き生きとしていた頃はペットなどという代物は必要なかったはず。むろん犬や猫はいたが、おそらく彼らは今日言うところのペットではなかった。ペットロスということばがあるが、親の死には涙しなくても、ペットの死には泣き崩れる人も少なくないのではなかろうか。それだけ深く、ペットたちは現代人の心の奥に居座っているのである。そこは元々神々たちのいた部屋なのだ。

今回の原発事故で「犬猫を飼っているから」という理由で避難エリア内に残ったり、避難が遅れたり、避難所からまた戻ったりした人が少なくなかったようである。それもよくわかる気がする。そしてまた、置き去りにされ、人のいなくなった街をさまよう写真で見る犬たち。彼らの表情は心なしか寂しげだ。犬や猫はただ受動的に人に飼われている訳ではない。彼らの方もまた人と共に暮らす事を自らの楽しみとしている。それだけ人のほうも彼らの心の奥に入り込んでいるのである。(人と共に楽しく暮らすという能力において犬・猫は特別である。豚もヤギもペットにはなるが、そこまで人の心のひだの内側には入ってこない。人との暮らしを楽しむわけではない。人といるのが嫌ではないが、自分たちの世界の住人にとどまるようである。)

今日、「飼うこと」だけを目的とした動物たちはそこまで登りつめ、「役に立つ」事だけを目的とした動物たちは「ケージ的なるもの」の彼方に押し込められてしまった。それは必然といえば必然だが、人にとって幸せなことだったのかどうか。そして私たちの農場は「ほどほどに飼う」と「ほどほどに役に立つ」の両立を探っているのだが、そのような「畜産」がありうるのかどうか、まだ分からない。分からないと言いつつ三十数年続けてきた訳だが。
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by kurashilabo | 2011-10-30 09:41 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

鶏舎の窓から 2

ナゴヤをお肉にした翌日、春に入れた雛が卵を産み始めた。まあ、よくありそうっちゃありそうな話ですが、なにか不思議なものを感じます。農場の鶏舎は10部屋あり、その中には卵を産み始めた鶏もいれば、2年経つのもいるし、11月の入雛を待つ空っぽの部屋もあったりで様々です。産まれて一日目のヒナから飼い始め、2年間飼って、お肉にします。鶏舎にはいつも鶏がいますが(鶏舎なので当たり前ですが)、2年経つともう全く新しい鶏に替わっているという訳です。人間社会も100年もすれば、もう全く違う人間がこの地球上に当たり前のように暮らしているだろうし、人の身体の細胞もどんどん変わっているらしいし、農場のスタッフも入れ替わっていくし、なんだか話が逸れているようですが、そう感じずにはいられないです。鶏は死んで僕たちに食べられますが、そうした僕たちもいずれ死んでいきます。そう考えると、やはり生きている間は少しでも人らしく、鶏らしく(総じてより良く)生きられる事が良いと考えるのも、間違いではないように思います。たまに鶏舎の戸が開いて、別に逃げるわけではないが、戸の外に出た2~3羽がその辺りをウロウロして、土をかいたり、草をついばんだりする姿を見ると、ほがらかで楽しそうだなぁ~と思いつつ、鶏舎の中でもまぁ同じような事をしてるよなぁ、と妙に納得します。彼らは幸せ、だったかな。
(2011.10.21)

イバ
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by kurashilabo | 2011-10-22 22:03 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

ふみきコラム 鎮魂

「アルピニストの野口健氏のブログに餓死した牛や豚の写真が出ている」と同僚の姜女史に教えられ、恐る恐るのぞいてみた。予想通りの写真で驚きはなかったが、写真は二次元の小さな画面だから見ることができるが、強烈な死臭とウジ虫の海のような実際の現場を正視できるかどうか自信がない。避難エリア内には牛が3500頭、豚が3万頭ほどいたようだ。鶏の数は報告されていないが(写真もない)少なくとも数十万羽というところであろう。

野口氏が見た7月の時点で、野良牛などとなって生き残っていた牛は1300頭、豚は200頭位だという。はじめて知ったのだが、放されていたのか、逃げ出したのか、野良豚もその時点ではいたのだ(だが野良豚は殺処分された。丁度野口氏はその現場に立ち合ったという)。行政的には殺処分の方針だった野良牛が生き残ったのにはいくつかの要因があろう。直接にはある研究グループが「放射線の影響を経過観察したい」と申し出たためだが(これは報道された)、牛はメディアに露出しすぎていたため殺処分がやりにくくなったというのが実態ではなかろうか。(行政の担当者も現場の獣医師も内心では避けたいと思っていたはず)

結局、避難エリア内に約2000頭の牛、3万頭の豚、数十万羽の鶏が閉じ込められたまま置き去りにされ餓死した。(野口氏が見た時、なんと豚房内に生き残っていた豚がいたという。水もえさもなく。何を喰らっていたかは想像したくない)

おびただしい数の無残な死。だが冷静に考えればこれは避けられなかったし、誰を批判することもできない。放射能の問題はあるが、エサを与えるなり、解放するなりして生かしておくことは可能であったとは思う。しかし、生かしておいてどうする。生かしておいたとて放射能で汚染された牛や豚を流通に乗せることはできない。そして生かしておけば十年、二十年は生きる。精神的にも労力的にも耐えられないし、経済ももたない。解放するにしても数が多すぎる。また仮に殺処分を考えたとしても、初期の段階では獣医師や作業員を避難エリア内に送り込むことは行政も強制できなかっただろう。放すこともできないし、喰うこともできないし、現場に行くこともできない、手の出しようがない。それは原子力災害の恐ろしさであり、かって経験したことのない事態が起こっていたのである。(これだけの数の動物を放置し、餓死させ、腐るにまかせたことはかってなかった。それは明らかに原子力災害の一つの局面なのに一切報道されないとはどういうことなのであろうか。)

死なせるのは致し方なかったとはいえ、そのままでいいとは思わない。この事実は公表され広く認知されるべきである。それがひとつ。いまひとつは鎮魂の儀礼が為されるべきである。人間のやむを得ざる処置としてそうしたならば、それを謝し、末長く祭らねばならない。それがこの地に於る古来よりの作法である。こうした処置が為されなければ彼らは“祟り神”になるしかない。社会の精神の傷として残り、社会を暗くする。それはよくない。牛や豚は家畜だから、どうせ死なせることになるのだから、というのは間違っている。それは経済というレベルの話である。しかし牛や豚の顔をみたり、撫でたりしてみれば、それが“経済”でないことは誰でもわかる。彼らも私たちと同じように生きている。動物というのは私たちにとって悩ましい存在としてやってくる。牛も豚も他者であり、人ではない。そう考えるのが理性というものだ。狩猟時代からずっと、人は彼らを他者として殺し食ってきた。それは経済である。しかしまた彼らは私たちと同類である。私たちと違う形で、ではあるが、感情も知性もあり親子もあり家族もある。正面から向き合えばそれを誰も否定できない。それゆえそこには常に、同類を殺し食うという疼しさ、負債感がつきまとう。この二律背反に古来人類は悩んできた。そこに沢山の神話や物語が生まれた。神話と儀礼がなければこの二律背反を架橋できないのである。彼らを家畜だ、経済動物だと言って単純化し、テンとして恥じなくなったのはたかだか近代になってからにすぎない。
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by kurashilabo | 2011-10-22 09:17 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

鶏舎の窓から

 さて、鶏を屠場に預けてきました。大き目のケージに8羽ずつ入れて運ぶのですが、捕まえる時は逃げるので、こちらも必死ですが、ケージに入れ終り、農場を離れ、いざ屠場に下ろす時になるとひどく申し訳ない気持ちになりました。生きれば10年も生きるのに、人間の都合でたった2年でお肉にされるのだから、当然といえば当然なのだけれど。鶏肉の案内用紙にも書いたように、頭では、ここの鶏は近代養鶏と違うんだ、とか、生きている間彼らがどのように生きたのか、それが大事なんだ、とか偉そうな事を言っていますが、それは言ってみれば人間の側にある意味・理屈の世界。それを与え合って満足している。実際にはそこに鶏はおらず、鶏の姿をした意味を乗せるためのモノがあるだけだ。鶏はそういう世界を生きてはいないのだから、40日で肉になろうと、2年で肉になろうと同じなのかもしれない。そんな事をぐるぐる考えながら帰ってきました。(鶏の事は鶏に聞いてみないと分かりませんが、人間(社会)にとっては40日で肉になるとの2年で肉になるのは全然意味が違う)
 「高級○○地鶏○○円!!」のような商品コピーと比べると、随分湿っぽい事を書いていますが、鶏担当としての気持ちをこうして週報に載せてお届けできるのは良いコトだなぁと思います。「まがりなりにもプロなんだったらそんな事を言うか?」という意見もありそうですが、精神的な負担を一方に置き去りにして、自分たちはおいしいところだけいただく、というのが現代社会の闇の部分だと思うのでそこにはきちんと対抗したい。そういう訳なので、気持ちはすっきりせずなんだかモヤモヤしながら、そして感謝していただく、というのが正しい姿勢だと思います。まぁ、食べれば美味しいですからね。ちなみに、歴史的には野鳥の時代から何千年とかけて馴化して、ようやくこんなにおいしい鶏を食べられる時代になった訳ですから、人類の歴史の総体からみれば、「何をそんな事でぶつくさ言ってるんだ、ありがたく食え」と怒られそうですが。
(2011.10.14)


イバ
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by kurashilabo | 2011-10-15 21:16 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

ふみきコラム1014

ずっと気になっているのだが、原発事故での避難エリア内にいたはずの豚やニワトリたちはどうなったのであろう。これだけ大量の情報が流れているのに私の知る限り(情報元は新聞や週刊誌等ごく狭いが)それに触れたものはほとんど無かった。豚やニワトリは私にとってごく身近な存在なのでどこかひっかかるのである。

半径20km30kmという範囲に養豚場や養鶏場がひとつも無いという事は考えられない。今日の養豚は小さいところでも千頭単位、養鶏は2万とか10万とかいう単位の飼育だからこれをどうするかは大問題のはずだ。避難するに当って移動したという話も聞かない。(人が避難するだけで精一杯の時に大量の動物を移動する事などできるはずがない)。また野に放たれた豚やニワトリの写真も見た記憶がないから結局ケージに閉じ込められたまま餓死し、腐敗していったのであろう。そして考えるだにおぞましいが、その処理は誰がどのようにしたのであろうか。あるいは未だにそのままなのだろうか。(そこは暗黙の了解として社会的に隠されているように思う。それは単にむごたらしい現場や死体の写真を忌避するというだけでなく、“被害者である”農家の心を傷つける、あるいは批判するが如きものはタブーとされているのではなかろうか。日本の近代社会は心的傾向として農民や漁師を“聖化”しがちだが(それは“どん百姓”と卑下する意識の裏返し)今回はそれに被災者という“聖性?”が加わっているからなかなかやっかいである。しかしそれは報道が、死にゆく人、死んだ人の写真を厳しく避けるのと似ているが、ちょっと違うのではないか。)

今でも忘れられない写真がある。“緊急復刊”した「FOCUS」4月20日号に載った見捨てられた牛の写真だ。(これも礼儀知らずのかのFOCUSだからこそ表に出たのであろう。このような写真が朝日に載ることはない。)そこには首をロープで左右の柱につながれたまま死んだ数頭のホルスタインが写っている。(首をそのようにつなぐこと自体は普通のこと)眼球はカラスにつつかれたのか無い。その隣の牛は片方のロープは引きちぎられ、一方のロープだけで首を支えるような形で死んでいる。かろうじて生きて立っている牛は糞を食べている(解説による)。ロープが2本とも引きちぎられ逃げたあとのような房もあったという。異臭がただよってくるような写真である。無残な死。避難時の混乱を想像すれば飼い主を非難する気は毛頭ない。ないけれどもロープを切る時間さえなかったのか、と思わずにはいられない。それとも何らかの指示があったのであろうか。(おそらくその時は避難が長期になるとは想像つかなかったのだろう)見るたびに心が苦しくなる。あの時、このようなことが沢山の牛舎、豚舎、鶏舎の中で起きていたはずなのだ。この世は人間の世界なので、“有事”にはそんなことはどうでもよいことなのか。報道する一片の価値も無いことなのだろうか。家畜と名付けられれば動物たちの命はその程度のものなのだろうか。私たちは明治時代以後、人間中心の社会を築いてきたが、人間様はそんなにえらい存在なのか。

人間などという裸の代物は実は近代人の意識の中にしか存在しない。人は人だけで歴史を作り人間になってきたのではない。人は人だけで人間をやっているのでもない。遠い昔から人は身近な動物や植物と深い関係を築いてきた。彼らとの関係に於いて人間は人間になったのである(狩猟採集も農業も暮らしもみな彼らとの関係についての話)。だから彼らとの関係の結び方が実はその社会の倫理や思想の基軸を作っている。その社会なり文明のコスモロジーはそこからたちあがる。歴史上どの文明もどの社会も独自の動物との関係を作っており、彼らが動物をどう扱っているかをみればその社会の基本性格は分かる。そういうものなのだ。たかが牛や豚の話とあなどってはいけない。それは私たち自身のことなのだ。
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by kurashilabo | 2011-10-15 14:37 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム1006

「核は人間がコントロールできないもので、安全安心ではない(だから永久停止すべき)」
これは浜岡原発に近い(30km圏)焼津市長の発言だ。(3日朝日新聞)何気ない発言のようではあるが、普通、自治体の首長は「住民の安全を考えれば」とか「安全が担保されるまで」とかいう言い方をする事が多いので、これは印象に残った。発言が新聞の通りだとすれば、これは一人の人間の思考と態度表明であり、安全対策がどうの、住民の意向がどうのという曖昧さがない。
焼津は浜岡原発の立地自治体ではないから法的拘束力は無いが、首長のこのような発言には小さな感動がある。焼津はビキニ環礁で被曝した第5福竜丸の母港であったから、その記憶が呼び出されているのかもしれない。(私事になるが私の生家も30km圏に入っていて、原発のある御前崎には海水浴等で何回かいった記憶がある。当時は何もないさびれた砂浜と、岬に灯台があるばかりだった。今はホテルなどもあるという。)自分の事を振り返ると、原発は危険だとはたぶん知ってはいたが、分かっていなかった。なぜ、どういう理由で核は危険なのかという事を突き詰めて考えてこなかった。「核」とは何か、これはおそらく我々凡人にはイメージできないものなのだ。

作家で物理学徒の池澤夏樹氏が次のように言っている。「…この地球の上で起こっている現象が原子のレベルでの質量とエネルギーのやりとりに由来するのに対して、原子力はその一つ下の原子核と素粒子にかかわるものだ…この二つの世界の違いはあまりに根源的で説明しがたい。“何か上手い比喩がないか?”とぼくの中の詩人は問うが、“ないね”とぼくの中の物理の徒はすげなく応える。“原子炉の燃料”というのはただのアナロジーであって、実際には“炉”や“燃”など火偏の字を使うのさえ見当違いなのだ。」そして、原子の一つ下の核と素粒子にかかわる運動は(核分裂とか核融合)地上ではなく、太陽や地球深部のマントルなどで起こっている宇宙レベルの物質とエネルギーのあり方なのだ。
生命は太古の水の中で発生し、光合成という驚くべき能力をもつ細菌を生み出し、オゾン層を作り、植物となり、土を作り、森を作りして今日まで40億年近くを過してきた。生物は生存する事によって、よりよい生存環境を自己形成してきた。厳しい宇宙的環境から隔離された、その穏やかな生命圏に我々の祖先は生まれた。そこには「ある」というだけで危険なものは存在せず、物を燃やせば灰になり、灰は植物に取り込まれ、植物は死して土となり…というように全ての物質は循環している。それは宇宙的にみれば極めて特殊で奇跡的な空間だ。私たちはそういう世界の住人なので、感覚も思考もそれを超えることができない。脳も身体も生命圏仕様なのだ。

それゆえ核にかかわる話は具体的イメージを伴わない。それは「あの星は3万光年の距離にある」と言われて具体的にイメージできないのと似ている。「核」は生命圏の生物にとって全くの異物である。出すエネルギーも途方もないが危険もまた途方もなく未知のものである。そのような存在、圧倒的エネルギーと計り知れない危険を潜在させた宇宙的異物が、海水浴場の隣の海岸にポンと置かれ、日常の風景の中に収まっている。その本当の姿を凡人はイメージできないから安心して日頃その存在を忘れていられるのであり(ウランを燃やして発電しているのネ、などとトンチンカンなことしか考えない)、原発関係者は原理的危険をよく知っているから安全安全と言うのであろう。そして私たちが放射能に過敏に反応しがちなのは、そこに凶々しさそのもの、私たちの世界にとっての異物性を本能的に嗅ぎ取っているからかもしれない。もしそうだとすれば、それは生物としてまっとうな反応ということもできよう。「核は人間にはコントロールできないもの」という言い方も原発を知る人には承服できないだろう。理論的にも技術的にもそれはとっくにクリアーされている事で、原発はその前提にたっているのだから。しかしそれは具体論ではなく、原理的な直感と思考なのである。
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by kurashilabo | 2011-10-06 14:06 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

■□エネルギーをつくろう会 バイオガスでエネルギー自給inやさと

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■□ エネルギーをつくろう会
  バイオガスでエネルギー自給inやさと
  2011年10月30日(日)12時~16時 □■
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3.11から半年が過ぎました。悲惨を極めた福島第1原発事故は
まだ終息のめどもたたず、私たちの生活を脅かしています。
そのような中で私たちに何かできることはないのでしょうか?
そうです!それがバイオガスです。家畜の糞尿やおからから自分たちの
使うエネルギーを作り出すことができるのです。
しかもプラントは手作りできます。

そこで長い間バイオガス普及のための活動をされてこられた埼玉県小川町の
ぶくぶく農園・桑原衛さん(バイオガスキャラバン主宰)をお招きし、
実際の作り方、使い方などをお話していただきます。
当日は青空やさとカフェを開催してバイオガスがどんな炎を出すのか実際に
見ていただくことができます。
原発に頼らなくても自分たちでエネルギーを作ることができるのだという希望
が心に湧いてくる会にしたいと考えています。ぜひご参加ください。

<日にち> 2011年10月30日(日)

<プログラム>
12時~14時 やさとカフェ 開店!!
 自然エネルギー・バイオガスでカフェ&青空市
14時~16時 ぶくぶく農園 桑原衛さんのお話
 桑原さんを囲み参加者みなさんでトーク

<参加費>500円(1ドリンク付き)小学生以下無料

<ところ>八郷廃給食センター(暮らしの実験室すぐ横)
茨城県石岡市柿岡1319-1

<申し込み方法>
10月26日(水)までに下記までご連絡いただき、
お名前、連絡先、参加人数などお知らせください。
連絡先:暮らしの実験室 担当:茨木
TEL/FAX 0299-43-6769
E‐mail yasatocafe@gmail.com

★主催★ やさとカフェ(http://yasatocafe.jugem.jp/)

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東京方面からお越しの方へ
★天ぷらバスツアーが新宿から出ます!
 電車で行くよりお得!しかも移動中のCO2排出は±0!!

集合時間:8時45分
集合場所:新宿駅西口付近
参加費用:3,000円(往復バス代、保険代、その他雑費を含む)
※現地での参加費用500円、カフェでの飲食代は各自でご負担ください。

●バスを希望する方は、リボーンに直接お申し込みください。

【お問合せ/申込み先】
リボーン<エコツーリズム・ネットワーク>
http://reborn-japan.com/domestic/5299
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●○やさとカフェとは○●
自分たちの暮らす茨城県石岡の八郷エリアに、地元の人たちと繋がれる
「コミュニティカフェ」をつくりたいと考えています。
やさと産の食材を使った料理や、やさとの間伐材を使ったインテリア、
ぷらっと立ち寄れば必ず誰かに会えたり、地域の情報を交換できたりする空間。

3.11を経て、私たちはこれから日々の選択や暮らしを通して、
未来にどんな足跡を残していくのか。
誰とどんな繋がりを持ち、ひとりひとりがどんな役割を果たしていくのか。
そこに暮らし関わる人たちが、きちんと顔と名前と人生を持ったひとりの人として
周囲に認識されその価値を尊重される、そんな地域になったらいいなあという思いで、
みんなでワイワイやさとカフェ作りに励んでいます。

もちろんカフェで使うエネルギーは自然エネルギー、ということで
バイオガスもその選択肢のひとつです。
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by kurashilabo | 2011-10-04 13:01 | お知らせ(告知) | Comments(0)

ふみきコラム1001

見た人もいるだろうが、27日の朝日新聞に「大地を守る会」が全面広告を出している。
「最後に土のついた野菜を見たのはいつですか…云々」に始まる「いただきます宣言」は読むのがちょっと恥ずかしいが、まぁ、それはいいとしよう。

で、この広告は「子どもたちへの安心野菜セット2180円」の宣伝なのだが、それに続いて「放射能検査済。北海道・甲信越・愛知以西の穫れたて野菜のつめ合せ」とある。これにはびっくり。いくら何でもこれはないだろう。これはスナオに読めば、「関東・東北の野菜にはリスクがあり、子どもたちに与えてはいけない」ということだ。それ以外読みようがない。
そして以前言ったように、そこでとれた野菜を子どもたちに与える事がはばかられるような場所はそもそも子育てできる場所ではない。関東・東北はケガレたエリアである。この宣伝はそう言っている。

個人の選択として、「心配だから西へ引っ越そう」とか「関東・東北の野菜はやめとこう」ということはあるだろう。放射能のリスクは誰も確たる事を言えないので心配し出したらキリがない。また安全というのは事実問題である以上に観念の問題だからだ。だからそういう人もいると思う。やめろとは言えない。しかしそれはあくまで個人の、ギリギリの選択としてだ。
行政であれ企業であれ公益、ないし公共にかかわる立場の人間が言う事ではない。言ってはならないことがあるのではないか。例えば今、関西方面のJAなり会社なりが「関西の野菜は安全・安心です」とキャンペーンを張って野菜の売り上げを伸ばそうとしたら相当ヒンシュクを買うだろう。やっていることは同じではないか。多くの流通業者は能力はあってもそこは自己抑制しているはずだ。

関東・東北、とりわけ福島が抱え込んだ問題は不可抗力によるもので、個人の努力でどうこうなるものではない。その不運を利用して売り上げを伸ばそうというのはルール違反であり、「あざとい」という謗りを受けるだろう。

「大地の会」は私企業ではあるが、これまで公益性(社会的に意義がある活動)をウリにしてきたはずだ。それがどうしてしまったのか。売れるにしても(よく売れているらしい)そんなあざとい商売をしなければならない程台所が苦しい訳でもあるまいに。

3.11以降、関東・東北の農業者は悩ましい問題を抱えている。低いとはいえセシウム等に汚染された野菜その他をどのような説明と共に食べる人に届けたらよいのか?当農場の野菜や肉からもセシウムは検出されている。ジャガイモは11.9ベクレル/kg、豚肉は32.6ベクレル/kg、という値である(卵は不検出(検出限界20.7bq/kg)。肉類は一般的に移行係数が高い。規制値は500ベクレル/kg)

これは私たちが3月4月頃恐れていたレベルから見ればかなり低い。しかし低いとはいえ汚染されているのは事実であり、リスクゼロとはいえない。逆にまた「ウチのはこんなに低いから安心です」という言い方をしたとすると、それは即「福島方面の野菜はもっと高いから安全ではありません」というメッセージとして裏返ってしまう。数値をどういう文脈に乗せて語ったらいいのか分からない。数値は文脈次第でどんな意味にもなりうるからだ。だから言い淀む。公表したくないのではなくて、どういう言い方をしたらいいのか分からないのである。

放射能リスクは結局のところ、福島も含めて、薄く広くみんなで引き受けて我慢するしかない。それしかない。それが最も社会的コストが低くて済むやり方だ(失うものが少ない)。どのレベルまで我慢するかが年齢等で違ってくるというだけだ。そしてとりわけ汚染が高いところは流通をストップし、行政的にケアするしかない。そういう時にリスクゼロの甘いエサを投げて魚を釣ってはいけない。そういうことは公益、公共にたずさわる人間がやることではない。安全原理主義が如きものに組するのではなく、逆に今こそ多少のリスクはあっても福島・関東・東北の野菜を食べていこうという論陣を張ってこそ「大地を守る会」ではないのか。「大地を守る会」の落日、と言えばいいのだろうか。
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by kurashilabo | 2011-10-01 09:39 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(1)

農場で結婚パーティが開催されました

去る9月24日、晴れ渡る秋空の下、2008年にはじまった「やかまし村企画」で出会ったカップル(はる&まっきー)の結婚パーティを開催することができました。
このパーティを主催したのは、やかまし村のコアなメンバーたち。ふたつき前から企画、運営をスタートさせ本番に臨みました。

装飾チームは農場という特殊な場所を結婚パーティ会場に様変わりさせるべく、前日からやってきて神楽舞台とツリーハウスを装飾。
会場づくりチームは、立食パーティとはいえ椅子があったらいいなと、間伐材で椅子を作り足し。
料理チームは、80人分のお料理のために、野菜の皮をむき、切って下ごしらえ。前日はさながら文化祭前夜。
前入りメンバーのこうしたがんばりにプラスして、引率班は当日東京からバスでやってくる50名の参加者を案内。とみんなが一丸となって、はる&まっきーのパーティを支え、盛り上げました。

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みんなから祝福を受けた二人、その二人のために力をつくしたみんな。どちらもとっても満足で幸せな笑顔をしていました。そんなポジティブで明るい波動が、大地やすべての生き物たちにも伝わり、光満ちた空間には、よい精霊がたくさん集まってきて明るい未来も引き寄せられることでしょう。(鈴木さんが代表人挨拶で「祝福は双方向です」って言っていました。)

次は11月12日!ツリーハウスを建てたリーダーカップルが、ツリーハウスで結婚式をしたい!と、自分たちの結婚式をセルフプロデュース。すでに着々と準備が進んでいます。こちらも関わるすべての人たちにたくさんの祝福をもたらしてくれるとことでしょう。(姜)
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by kurashilabo | 2011-10-01 09:30 | 週報からの抜粋 | Comments(0)