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ふみきコラム 家畜の断章(7)

繰り返し言っているように、明治以前、日本に「家畜」はいなかった。むろん、牛や馬はいたが、彼らは家畜ではなかった。畜産というカテゴリーに入れられてはいたが、わが同類、共に働く同僚だったのである。明治になって、「家畜」という言葉が入ってきて(domestic animalの翻訳語として、たぶん)彼らは家畜という動物になった。そこを誤解してはならない。「彼らは家畜である」という言明は日本の人と動物の関係史上、画期的な事件だったのではなかろうか。そう呼ぶことで牛や馬や鶏は他者となり、人間より下位の存在となり、人がいかように操作しても許される存在となった。しかも事はそこにとどまらない。身近な動物を「そのように見ることもできるんだ」という新しい発見は牛や馬にとどまらず、遠からずタヌキやキツネや他の多くの動物にも及ぶことになるだろう。それは結局、自然というものが、よそよそしい、私たちから切り離された環境としての自然になるということである。

このように「家畜である」「動物である」「自然である」等々という名付けを重ねることによって、近代に於る新しい人と動物や植物、自然との関係、この世界の秩序は作られていった。それが人と動物や自然との関係に於る文明開化だったのである。(そのようにすべてを新たに「名付けること」が明治のアカデミズムの第一の役割ではなかったか。)
私たちはつい、江戸時代にもキツネやタヌキはいた、と単純に考えてしまう。むろん生物種としてのキツネやタヌキはいた。しかし当時の人が見て接していたキツネやタヌキは私たちが見ているそれとは違うのである。別の文明、世界風景、意味文脈の中に生きていたキツネでありタヌキなのである。そこでは牛や馬やキツネやタヌキは多くを語り、沢山の物語が生まれた。
しかし「家畜」となった牛や馬や鶏はもう自らを語らない。ただの動物になってしまったキツネやタヌキも又しかり。現代の畜産現場からも、山里からも、もう昔話は生まれない。私たちにはもう、村の祠に座しておられる「お稲荷さん」も路傍の馬頭観音も、何のことやらわからない。山の神も山中他界も、もう民俗学の中にしか存在しなくなってしまった。「彼らは家畜である、それが文明というものである」と言明する事によって、確かに私たちは彼らから、肉や、卵や、ミルクといった新しい富を引き出すことに成功したといっていいだろう。しかしそのことで私たちはいつの間にか、世界の中で孤独な存在者となっていたのである。内山節によれば、日本の各地で「キツネにだまされた」という話が全く聞かれなくなったのは1965年だという。日本の隅々まで「世界が変る」のにほぼ百年を要したということであろうか。S
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by kurashilabo | 2011-01-30 14:27 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ツリーハウスイベントのお知らせ

※こちらのイベントは定員に達したので参加者を締め切りました※



暮らしの実験室の茨木です。

2月に開催するツリーハウスイベントのお知らせです。

今回は手作り望遠鏡で冬の星空を観察したり、ロマンチック満天のイベントになる予定♪

ツリーハウスプロジェクトメンバーからの告知文がありますので、
ご興味ある方は、ぜひチェック&ご参加ください!

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 やかまし村ツリーハウスプロジェクト 第二章!
 2月26-27日 第2回イベント
 ツリーハウスからこんばんは。見上げてご~らん、冬の星空を♪
 ~手作り望遠鏡で天体観測なう~
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人が集い、音があふれ、動物たちが歌いだす素敵な場所、やさと農場。
2010年2月から7月にかけて、農場の敷地内のシラカシの樹に、
みんなでツリーハウスを作りました。

素人ばっかりだったのに、「こんなことしたい!」っていう夢を持ち寄ったら、
本当に素敵なツリーハウスができちゃったよね。

あれから約半年。
次は第二章「ツリーハウスのある楽しい村」を一緒に創っていくことになりました。

2010年12月18-19日に第二章の序章オープニングイベントを行い、
歌ったり踊ったりしながら、
いよいよ夢の村がスタートしました!

その様子はコチラのブログで見れます:
http://yasatofarm.exblog.jp/

夜におこなった「小さな森の音楽会」の様子は動画でも見れます:
http://www.youtube.com/watch?v=Hizl48-TUVg


第2回目となる今回は、ツリーハウスで星を見よう&森の隠れ家デザイン大会をしま~す。
あなたのご参加待ってるよ♪


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◎◎ 第二章 第2回イベント 募集要綱 ◎◎
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ツリーハウスからこんばんは。見上げてご~らん、冬の星空を♪
~手作り望遠鏡で天体観測なう~


■日時:2011年2月26日(土)~27日(日)
26日昼12:30に農場集合、27日夕方に解散予定
(上野9:49発、石岡11:29着の電車、11:53石岡駅発のバスに乗るとよい)

※農場がはじめての方は朝上野駅に集合し、その後、みんなで農場に向かいます。
詳細は参加フォーム入力後に、こちらからご案内いたします。

※ 日帰り参加もOKですが、全日程参加をお勧めします♪



■開催場所:やさと農場暮らしの実験室 (常磐線石岡駅~バス20分程)
〒315-0116茨城県石岡市柿岡1297-1 Tel: 0299-43-6769
アクセス: http://yasatofarm.exblog.jp/i7/


■イベント内容
・手作り望遠鏡をつくろう!
・収穫したお野菜でごはん作ろう!
・ツリーハウスで星を見よう!
・森の小さな音楽会!
・森の隠れ家デザイン大会!

■募集人員: 先着15名

■参加費:
・イベント参加費1000円
・宿泊、食費別途 (宿泊:3000円、食費:1回500円)
・その他、希望者は温泉代(500円)、お酒代(好きなだけ)別途

■申し込み:
こちらから申し込んでください。締め切り2月18日(金)。
http://my.formman.com/form/pc/9mo9VBKleccAbfqM/
携帯からだと送信できないことがあるので、できるだけパソコンから
送信してください。

■持ち物
・着替え(屋外で活動するので、防寒対策を忘れずに)
・ツリーハウスでやってみたいことのアイデア(例:野外音楽祭、森の映画館、
肝試し、ランプの光で静かにまったりする、など)
・ツリーハウスで、とはいわないけれど、ツリーハウスの仲間と一緒にやって
みたいことのアイデア(例:スカイダイビング、無人島で滝ダイブ、など)
・持ってこれる人は、望遠鏡や楽器を持ち寄って。
・あなたの愛

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今回の「ツリーハウスのある楽しい村」 村長・副村長を紹介します。

【村長】
小埜洋平 (カンヌシ)
神社好きの大学2年生。学生NPO農楽塾所属。将来の夢は仙人になること。
1990年生まれ 神奈川県在住
2009年早稲田大学創造理工学部建築学科 入学
2010年 「やかましツリーハウスプロジェクト」 第一章に参加

【副村長】
志岐孝行 (シキエモン)
車にいろいろ道具を積んでるドラエモンみたいな会社員(自動車製造業)。
「助けてシキエモ~ン!」と叫べばたいていのものは出てくるかも?
1976年生まれ 長崎育ち 茨城県在住
2010年 「やかましツリーハウスプロジェクト」 第一章に参加


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村長:カンヌシより一言
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「ツリーハウスを作るのが楽しい」
それが第一章だった。

第二章は抽象的にも具体的にも広がる。
「ツリーハウスが楽しい」
ツリーハウスを中心に広がる面白さ。
今回は大きく広げて、宇宙まで。
ツリーハウスからの星々を観て満て。
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by kurashilabo | 2011-01-24 20:56 | お知らせ(告知) | Comments(0)

ふみきコラム 家畜の断章(6)

再びここでテキストとしている「逝きし世の面影」に戻る。
幕末・明治に来日した多くの欧米人が一致して書き残しているのは当時の日本人の底抜けの陽気さと幸福感あふれる表情である。

「(街頭風景をみて)ひとつの事実がたちどころに明白になる。つまり上機嫌な様子がゆきわたっているのだ。群集の間でこれほど目につくことはない。・・・西洋の都会の群集によく見かける心労にひしがれた顔つきなど全くみられない。頭をまるめた老婆からきゃっきゃっと笑っている赤児に至るまで彼ら群集は満ち足りている。」
「日本人ほど愉快になり易い人種はほとんどあるまい。良いにせよ悪いにせよ、どんな冗談でも笑いこける。そして子供のように、笑いはじめたとなると、理由もなく笑い続けるのである。」
「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である。」「彼らの無邪気、率直な親切、むきだしだが不快でない好奇心、自分で楽しんだり人を楽しませようとする愉快な意志は、われわれを気持ちよくした。一方、婦人の美しい作法や陽気さには魅力があった。さらに通りがかりに休もうとする外国人はほとんど例外なく歓待され、“おはよう”と気持ちの良い挨拶を受けた。この挨拶は道で会う人、野良で働く人、あるいは村民からたえず受けたものだった。」等々。

これが坂本竜馬が走りまわり、新撰組が人を斬りまくっていた時代の民衆の表情なのである。こうした報告がどれだけ当時の事実を反映しているか(歴史資料としての価値)や、歴史教育でどうしてこういうことが抜けているのか等々の検討はテキストに譲る。ここでの私の関心は、どうして彼らはそんなに陽気でありえたのか、ということである。その陽気さ、明朗さ、幸福感の由来である(むろん悲惨がない現実などないからそれを含み込んだ陽気さということだが)。つまり私(たち)が失ったものの由来。沢山の理由を挙げることができるだろう。
長く戦乱がなかったこと。衣食住が基本的に満たされていたこと。近代人を悩ましてきた進歩・発展という強迫観念、すなわち楽しみを常に未来に先送りしてしまう思考と生活の習慣が弱かったこと。共同体社会であり身分社会であったから「自分さがし」などというやっかいなことはなかったこと。人との関係に於ても自然との関係に於ても「共同体的であれば」今日と同じように明日やっては来ると信じられたこと等々。
しかし私としてはその根底に、犬や猫や鶏が、わがもの顔で人々のまわりをうろついている風景があり、馬頭観音や化け猫や犬神が現に生きている世界があったということ。身近な動物たちと、ちょっと変わってはいるが“同類”としてつき合い、殺すことを考えない人たちだった、ということがあるのではないかと言いたいのである。
そしてその心性は「日本人は大変子ぼんのうで、叩くことをめったにしない」「子供は甘やかされていて、日本は子供の楽園」などとこれまた外国人を一様に驚かせた心性と一連のものである。そのような精神風土があってこその明朗さ、陽気さだったのではないか。

それを論証することはできないが、少なくともたぶん無関係ではない。明朗さというものは贈与の精神と行為の中から立ちあがるものであるし、その純粋な形はそういうレベルで働いていると思うからだ。むろんそのような精神は未開のものである。“成熟した未開”ともいうべきものだ。そのような世界からは近代はたちあがらない。近代はやはり欧米からやってくるしかなかった。それはそうだがしかし、近代が行きつくところまで行ったかに見える現代から見返すと、それはまた違った意味を持って迫ってくる。S
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by kurashilabo | 2011-01-23 14:30 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム 家畜の断章(5)

さて、世界各地の神話や宗教が「動物とどう関係したらよいか」「殺して肉を食ってよいか」とそれぞれに必ず立問するのは、それが単に動物との関係や肉食の是非の問題に留まらず、倫理の根本にかかわるからではないだろうか。そこが定まれば、他は自然と定まってくるような根本命題。動物たちとの関係のあり方は、自然と人間がどういう関係にあり、そこに於いてどう振舞えばいいかという問題であろう。
また、動物をどう飼うか(ドメスティックな動物とどう関係するか)というその姿勢は、そのまま子供をどう育てるか、どう関係するかという事であり、それは家族のあり方や、人間関係のあり方を規定してくるであろう。「殺して肉を食って良い」というのは、動物に代表させて、自然と人間の間に上下の関係があることの承認であり、その関係に於いて「経済」を優先させて良いというメッセージとなるだろう。(むろん殺生と肉食を禁じるのはその逆のメッセージである)こうした在在の座標軸が定まれば、そこからひとつの暮らしのコスモロジーが自ずと立ち上がってくるのではなかろうか。仏教が殺生と肉食を禁ずるのも、単に慈悲の心を持てということではなく、おそらくそれを認めてしまっては原理的に仏教のコスモロジーが成立しないからなのだ。

動物を虐待している場面に出会うと、私達はほとんど本能的に、凶々しいものをそこに感じる。それはそこにひとりの人物の根底が露出するのを見るからではないだろうか。あるいは小学校などで、ウサギやチャボなどの小動物を世話させるのも、動物を飼うという行為、身近な動物との接し方というものが(授業では決して教えることは出来ないが)人間精神の健全な形成に役立つという直感があってのことであろう。効果のほどはともかくとして。あるいはまた私が、「口蹄疫で何十万頭処分」という報道に、理屈以前に、それはマズイのではないかと思ってしまうのも(たとえそれが防疫上妥当な判断だとしても。それも疑わしいが。)、そこになにか凶々しいもの、倫理の根底に低触してくる何か不吉なメッセージを読み取っているからかもしれない。本当はそちらの方がずっと怖いことなのに。モラルハザード。誰もそれを言わない。誰も言わないが、そのメッセージは確実に子供たちに伝わっているはずなのだ。それこそ恐るべきことではないか。

以下は蛇足だが、宗教学者の山折哲雄氏が土葬のススメを説いて曰く「近頃、病院から火葬場へ直接遺体を運び込む直葬が全体の3割くらいになっていて、ほとんど生ごみ処理のように遺体を扱う。そのよう社会では死生観や他界観は生まれない」と(13日 朝日)。もっともだと思うけれども、動物を、それも生きた動物を生ごみのように処理して、何ら不思議にも疚しくも感じない社会が、そうなっていくのはけだし理の当然のことなのだ。彼は土葬の復活を説くより「生類憐れみの令」の復活をこそ言うべきではあるまいか。今度会ったら教えてあげよう。S
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by kurashilabo | 2011-01-15 14:33 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)

ふみきコラム 家畜の断章(4)

初夢

新政権は次のように布告する。

一.往来に犬や猫が出てきてもかまわない。
一.車で犬や猫を引かないよう十分気をつけよ。
一.野良犬ややつれた犬がいたら食べ物を与えよ。
一.犬を棒でたたいてはならない。殺すのは重罪である。
一.犬同士がケンカしていたら傷つかないように水を掛けて引き離せ。そのための「犬分け水」を各所に用意せよ。
一.病気になったり、老いたりした犬や猫や馬や牛を、まだ生きているうちに捨ててはならない。
一.山里で猪・鹿・サルなどの獣害がでた場合は、まず人手で追い払え。それがうまくいかなかったら空砲を打っておどせ。それでも効果がなければ、役所から係の者を呼んで必要な手続きと宣誓をした上で実弾を使え。その場合は殺した頭類を記録し、埋葬すること。殺した猪・鹿などを食べてはならない。

尚、このようなことをうるさく言うのは、一人一人が身近な動物を愛護する慈悲の心をもてば、上からいろいろ指図しなくても、おのずと世の中が治まり平和になっていくものだからである。その趣旨をよくよく理解するように。 以上。


え!どこかで聞いたことがある?よくご存知で。それもそのはず、歴史の教科書には必ずでている悪名高い徳川五代将軍綱吉の「生類憐れみの令」の一節だ。昔から気になっていたので、正月にそれ関連の本を読んでみた。そして私は久しぶりに愉快になり笑ってしまったのである。
日本はいい国だよ、世界中のどこにこんな子どもじみてカゲキな政策を本気で、マジメくさって出す国があるだろうか。戦国の世から100年近く経って、戦国の荒々しい気風は各所に残っているとはいえ、庶民の暮らし向きは向上し、政権も安定して世は元禄文化を謳歌していた時代の事である。むろん綱吉政権は独裁的であり(徳川前期に独裁的でない政権などなかった)原理主義的である。違反しての入牢、遠島、斬首なども少なくなかった。しかしあえて言ってしまえば古今東西の独裁者と較べれば多いとはいえない。ま、この位はでるだろう、という程度。後世、「犬公方」と嘲われ、「生類憐れみの令」は悪法の代表のように語られるが(それにはいろいろ権力内の事情があるようだ)、この政策を単純にアホな綱吉個人の、ある朝の思いつきととらえるのはおそらく正しくない。綱吉の治世は30年近く続いているのであり、諸大名の暗黙の了解とともに、大老・老中・側用人等を筆頭にした大きな官僚機構がそれに同意を与えなければ政権は動けなかったはずなのだ。
それは元禄という、かって経験したことのない豊かで太平の世を、どういう原理で治めるかという問題であった。綱吉はそこに「慈悲」と「仁」を置き、生類を憐れむという日常の行為を通してその精神を涵養しようとしたのである。だから次の家宣政権も、その政策の精神は継承すると言わねばならなかった(少なくとも形の上では)。政策自体は綱吉の死とともに自然消滅するのだけれども。そして思うに、その原理主義は綱吉の死とともに終わっても、その原理は江戸社会の「あるべき精神」としてその後の人々を規定したような気がするのである。私は年頭に当り、平成の綱吉と呼ばれたい、そう切に願った次第である。彼は実に正しい。S
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by kurashilabo | 2011-01-08 14:35 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)