カテゴリ:週報からの抜粋( 34 )

一年間の研修を終えて(羽塚冬馬)

昨年の研修生の冬馬君から1年間の研修のレポートが届きました。

しっかり考えられていて興味深い内容なので、冬馬君を知っている人も知らない人もぜひお読みください。

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2014年度研修生 羽塚冬馬

 僕が大学を卒業してすぐ、2014年4月から翌年の3月まで、このやさと農場で研修生として一年間過ごしてきました。多くのことを感じ、自分の中でも大きな変化のあった一年でした。それが終わった今、ここでの生活で感じたことを言葉にまとめたいという思いがありました。この文章は、僕の研修生活の感想文です。この研修は、僕のこれからの生き方を決めようという思いを込めた一年間でした。その一年を振り返るということは、ところどころに僕自身の持つ「生きること」そのものへの価値観が垣間見えることかと思います。それはもしかしたら、これを読んでくださる方々の生き方を否定するように映るかもしれませんが、それは僕の拙い文章力によって生じてしまった副産物です。主たる目的は、この研修期間を経た僕自身のあり方を書き記すこと、それを念頭に置いてお読みいただければ幸いです。
 またこの文章を書くことにはもうひとつの動機があります。それは、この研修期間の経験を形として残すことで、いつもとは異なる視点での農場の発信として、外部の方々に少しでもこの農場のことを知ってもらえれば、そしてほんのわずかでも農場のこれからにつながれば、そんな思いが込められています。それは、この場所で様々な経験をさせてもらった僕の、微力ながら精いっぱいの恩返しです。


◯お肉を食べることについて
 僕がこの農場に来た理由、それはハッキリと一つには絞れませんが、一番はお肉を食べることへの葛藤でした。大学生活の後半、ふとしたことから、それまで口にしていたお肉の背景、つまりは生産の現場が気になり始めました。なぜならそれらは、ぼくの目には悲惨な光景として映るであろうことが、容易に想像がついたためです。そこから食肉工場の現場を調べたり、映画を見たり、周囲に多くの迷惑をかけながらベジタリアンとしてすこしだけ生活してみたりしましたが、結局行き着いたのは、動物を育て、殺し、食べるという一連の流れを自分の身で受け止めてみたいという思いでした。しかし生死の関わる現場に、素人が立ち入れる機会はなかなか見つかりませんでした。そんななかで鶏の屠殺体験をさせてくれるというこの農場の存在を知ったときに、強く惹かれたのは当然のことでした。
 このテーマを抱え一年間を過ごし、あらゆることを体感しました。首を切られた鶏の最後のもがき、屠場のベルトコンベアで流れてくる豚の鳴き声。その一方で、人を見つけると駆け寄ってくるまんまるひよこと、母豚のお乳をたどたどしくさぐる子豚。ここでの日々は、あらゆるものが生まれ、死ぬということを身近なものにしました。そんな体験と、この生活で触れた思慮深い方たちの言葉、その二つをもって現段階で自分の中に落とし込まれていること。それは自分の都合で他の命を奪うこと、それはいくら感謝してもなんの許しも得られない、グレーで違和感の残ることなのだという実感でした。
 そこに至っていながらぼくはお肉を食べることをやめるという道を選びませんでした。それは、ここにきて料理をするようになり、動物性の食材の持つ、何にも代えがたい大きな存在感を知ったからでした。単純な話ですが、お肉が出ると、食卓は笑顔になりました。そんな理由はとてもひとりよがりで、いわゆる“人間のエゴ”に過ぎないという批判は、まさにそのとおりだと思います。このような”エゴ”を廃した人(つまり肉食をやめた人)の意志の強さは心から尊敬するし、良心を持って生まれた生き物としては、その選択はより精神性の高い決断であるかもしれません。しかしここでの生活は、自分自身が大きな生死の循環の中で生きる一頭の動物にすぎないということを深く感じさせました。豚の屠場に行き、目が眩むような大量の死を目の当たりにした後、一時的に食欲はなくなりましたが、そのあとに食べた豚のお肉が、これまで口にしたものの中で一番味わい深かったことは、とても印象深い出来事でした。今の自分は、その命の痛々しいつながり中で生を全うすることを選んだといえます。
 今後のぼくの態度についてですが、これらの体験とは丁寧に向き合える生活は送っていきたいと思っています。この農場の外で、自分の意志で持ってお肉を日常的に口にするようであれば、この農場のお肉を購入したいと考えています。ここのお肉は、工場の製品ではなく、生き物として生を全うするギリギリまでその命を尊重されたものだと知りました。それでもお肉からにじみ出る悲しみは決してゼロではありませんが、僕にとっては市販の物とは大きな差がありました。まだまだ考えるべきことは尽きませんが、生きていく上で悲しみのある選択を取っているならば、そこに自覚は持ち続けたいというのが、現時点での僕のささやかな意志です。ただこの態度は僕個人のもので、僕と食を共にする人に強要する気は全くありません。他人との関わりを考えたとき、全員が美味しくありがたく食べられることは、僕にとっては食にこだわりを持つこと以上に大切であるためです。

◯暮らすということについて
 もうひとつ大きなテーマだったこと。それは自身の暮らしの再考です。生きていく際に必要とされること、食を始めとして、衣類や、移動手段や、その他あらゆる日用品。それらを、日々お金を払って手に入れることは、自分が想像しきれないほど広い範囲での経済活動を経て、様々な形できっと多くの人や物を不本意に傷つけているのだろうという感覚が生まれ始めました(それは裏打ちのある事実としてではなく、僕個人の感覚的なものです)。そのような感覚を持ち始めてから、僕の生活は可能な範囲で徐々に変化していきました。だんだんと地産地消的な食事を好むようになり、服へのこだわりが薄れていき、移動には燃料を必要としない徒歩や自転車を使う頻度が増えていきました。
 農場生活は完全な自給自足とは言えませんが、大きな流れに全てを委ねるのではなく、自分たちの手で小さな暮らしを作っていることは確かです。そしてこの一年間で、人がそのような生き方をしていくというのはどのようなことか、それを実際に体感させてもらいました。畑で野菜を収穫し、生き物に手を加えお肉にする、そして自分自身で調理するという基本的なところから、土を採取して器を焼く、原毛から糸を紡いで編み物をする、竹でかごを作る、薪を割り、それで暖を取る等々。どれも体験程度のことしかできていませんが、身の回りのものを自身の手で作る営みがどのようなものかを知る入り口にはなりました。そしてそれらは、思い描いていたよりもずっと泥くさくて地道なものでした。
 そうやって自分が憧れていた「自給的な暮らし」の全体像が、ぼんやりとした想像の生活から、地に足ついた実感へと移り変わっていき、そして当時は過剰だったとも言える、今の暮らしへの神経質で批判的な眼差しは落ち着いていきました。暮らし方の検討がついて、あとは今後の生活の中でどれほど実践していけるか、そんなことを静かに考える段階に入ったといえます。

◯これからについて
 そして僕のこれからについて。先述したのは、自分自身の衣食住、つまりは生命活動を維持していくことに関わるテーマでした。それに加えて、僕がこの世での生を全うしていく中で、この社会にどのような形で還元していけるかというのは、常に頭の片隅にあったことでした。そのことに関して、大学時代からぼくが強い魅力を感じていたのが、子どもの存在、そして人間の心の存在でした。公園で子どもを見る親のあたたかな目、心の葛藤超えて一歩踏みだそうとする人間の気力、このふたつは僕が人間の生の輝きを強く感じたテーマでもありました。そしてそれらが実際に起きる現場で、みずみずしい感性を持ち続けること、それが僕の生を輝かせることにつながるのではないだろうか、ということは、この農場に来る以前から持っていた考えです。
 僕がこの農場で生活をする中で、これらのテーマに関わる要素、つまり農場のような場における教育の可能性、そして人間の心に与える影響を探していました。結論から言えば、それは大いにあると思いました。それを一番体感したのは、共同生活が持つ、人との関わり方についての学びの機会です。同じメンバーがほぼ毎日一つ屋根の下で暮らし、人によっては日中さえ同じ作業をこなすこともある農場での生活。そういった、特定の人たちと膨大な時間を寝食共にする生活は、各人がそれぞれ持つ、自分自身や他人とのあるべき関係のあり方を作る際の課題を浮き上がらせるように思われました。プライベートな場においてはごく一般的なことかもしれませんが、それが全くの他人であった方たちとの間で起きる共同生活の場は、僕にとって初めての経験でしたが、非常に多くの学びがありました。
 そのような思いを持った僕のこれからは、小さい範囲での自給的な暮らしと、その上で子どもを含めた共同生活との両立を目指しています。今後はこのような考えに共鳴する場所であり施設を回り、実際に現場の空気を肌で感じてみようと思っています。


 以上が僕の研修生としてのまとめです。当然なことですが、人によって農場での生活は大きく違って感じられるものだと思います。僕にとってあの場所には、人が他の生命や自然を慈しんで生きていく上で大切なものが確かに存在しているように思われてなりません。そしてそれは、今の時代を生きる上で実にあっさりと見過ごされてしまうものだと、確かな根拠はないですがそう感じています。興味のある方はぜひ一度、画面越しではなく、直接足を運んで、空気を吸って、音と匂いを感じ取ってみてください。そして、難しいことは承知ですが、日帰りや一泊二日でワンダーランドとして農場を楽しむのではなく、できればぜひ三泊以上滞在して、人が生きていく場所としての農場を知ってもらえれば、僕が見たあの場所の魅力はより伝わるだろうと思います。言葉にして抜け落ちていることはたくさんありますが、どうか皆さまに伝わりますように。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2015年4月10日
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by kurashilabo | 2015-05-27 10:45 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

キッチンから 5月

野菜がなんにもないので食当に困った一週間でした。それでも気がつくと(何を作ったか思い出せないのに)無事に何かしら食べたようで、今日も空腹に悩まずに生きているのだからすごい。サニーレタスとサラダ菜を混ぜてサラダにしたのはよく覚えています。ドレッシングは会員Y氏秘伝の醤油・生姜・胡椒・ごま油ブレンドだったり、実家から送ってきたイカナゴ(こおなご)の佃煮にマヨネーズを混ぜたものだったり、いろいろ。今週はラディッシュも入ったので、彩りアップですね。何でもいいから作って美味しく食べていれば、また一週間元気に過ごせるはずですね。イバ

鈴木さんが食事当番の週は食卓にのぼる料理がたいがい1品だ。美味しいし、ボリュームもあるので1品でもお腹いっぱい食べられる。鈴木さんは料理はめんどうだと思っているみたいだけど美味しい物を作ってくれる。今日の春菊の味噌汁も絶品だった。なんか変わったことしました?って聞いたら。「何も」と言う。分析するに、しっかり出汁をとっていることと、春菊を煮ないということだと思う。刻んだ春菊がボールに盛られて、何も入ってない味噌汁の横にあった。おわんに春菊をいれてそこに熱々の汁をかけるだけ。それだけなのにとにかく絶品。是非春菊の味噌汁やってみてください。(姜)

毎日葉物ばかり食べています。私は俵万智が好きで、サラダを食べるたびに思い浮かびます。ただ、本当に最近は、(味はともかくとして)毎日がサラダ記念日のようで、記念日のありがたみというのを忘れそう。肉と卵を利用してどうにかやりくりしています。たまたま朝日新聞にJ-オイルミルズ(味の素など3社の精油部門が集まってできた会社)の広告があり、「金環日食丼」が紹介されていました。卵とタマネギなど農場の野菜を焼いて太陽の部分を作り、鶏挽肉の甘酢あんで月の影を表現。直接見ても目を傷めない日食丼、簡単です。 菊地
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by kurashilabo | 2012-05-18 15:35 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

キッチンから 4月

京イモ・・・よく蒸してから皮をむき、素揚げかカタクリをつけて、から揚げにして、塩をふって食べるのが最高。止まらなくなります。S

春菊、人参、ヤーコンを千切りにして混ぜたサラダがお勧めです。ドレッシングは胡麻油とお酢と醤油にすりおろしたニンニクとしょうがを入れて、韓国唐辛子を一つまみいれると絶品。少しぴり辛に仕上げるとヤーコンの甘みと合います。(姜)

春菊のチヂミは簡単でオススメです。2センチずつに切った春菊を水と卵で溶いた小麦粉に混ぜて焼くだけ。水溶き小麦粉はクレープくらいのしゃばしゃば感がいいです。具のツナギなので春菊に絡ませる感じで。たっぷりの胡麻油でカリッと焼いてください。お好みで玉ねぎや人参を入れても美味しいです。味付けは塩だけでOK。好みでポン酢などでお召し上がりください。 (姜)
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by kurashilabo | 2012-04-01 15:32 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

鶏舎の窓から 卵の消費期限

 
届いている卵がいつの卵か、という事について前から書こうと思っていたのですが、サルモネラの事も合わせて書いた方がいいなと先延ばしにしていたら、問い合わせをいただいて、とりあえず、出荷の仕組みの方だけ先に説明します。

発送は金曜ですが、金曜は出荷作業でバタバタしているので、パック詰めは木曜に行います。パック詰めの段階では木曜の卵はまだ回収しきれていないので、一番新しいのは水曜、古いのは土曜のものです。土曜~水曜の5日分を出荷しています。それ以上古いものは入りません。1つのパックの中は同じ日のものが入っています。卵は毎日チェックして日ごとにコンテナに積み、パック詰め時はそれらを順に詰めていくので、日が混ざるようにアトランダムに入れるのは不可能とまでは言いませんが、労が多いし、あまり意味もないと思っています。

というのは、1週間前の土曜のものでも十分新鮮だからです。よく卵の宣伝で、いかに新鮮かをいうのに「卵が掴める」というのがありますが、ここの卵も掴めます(写真は先週の土曜のもの)卵は基本的には生き物なので、よっぽど古くなければ腐りません。いつだかの事件で半年前の卵を賞味期限を書き換えて販売して捕まった会社がありましたが、あれだって、それで食中毒を起こした、という事はありませんでした。それは今の話とは次元の違う良くない事ですが、保存次第でそれだけ持つ、という事です。冬場だったら生食で14日、火を入れればひと月は持つと思います(これもあくまで目安であって、もっと食べられると思う)。話は戻って、日によって産卵量は変わるし、出荷量も毎週同じではないので、足らないときは木曜の卵を回収後にパック詰めする時もあります。基本的には木曜と金曜の卵は農場では「月曜出荷」と呼んでいる月曜に発送する出荷先がいくつかあって、それにあてています。卵が余ると、地主の高橋さんに献上したり、農場で食べて消費しています。 イバ
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by kurashilabo | 2011-12-03 18:12 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

鶏舎の窓から 2

ナゴヤをお肉にした翌日、春に入れた雛が卵を産み始めた。まあ、よくありそうっちゃありそうな話ですが、なにか不思議なものを感じます。農場の鶏舎は10部屋あり、その中には卵を産み始めた鶏もいれば、2年経つのもいるし、11月の入雛を待つ空っぽの部屋もあったりで様々です。産まれて一日目のヒナから飼い始め、2年間飼って、お肉にします。鶏舎にはいつも鶏がいますが(鶏舎なので当たり前ですが)、2年経つともう全く新しい鶏に替わっているという訳です。人間社会も100年もすれば、もう全く違う人間がこの地球上に当たり前のように暮らしているだろうし、人の身体の細胞もどんどん変わっているらしいし、農場のスタッフも入れ替わっていくし、なんだか話が逸れているようですが、そう感じずにはいられないです。鶏は死んで僕たちに食べられますが、そうした僕たちもいずれ死んでいきます。そう考えると、やはり生きている間は少しでも人らしく、鶏らしく(総じてより良く)生きられる事が良いと考えるのも、間違いではないように思います。たまに鶏舎の戸が開いて、別に逃げるわけではないが、戸の外に出た2~3羽がその辺りをウロウロして、土をかいたり、草をついばんだりする姿を見ると、ほがらかで楽しそうだなぁ~と思いつつ、鶏舎の中でもまぁ同じような事をしてるよなぁ、と妙に納得します。彼らは幸せ、だったかな。
(2011.10.21)

イバ
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by kurashilabo | 2011-10-22 22:03 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

鶏舎の窓から

 さて、鶏を屠場に預けてきました。大き目のケージに8羽ずつ入れて運ぶのですが、捕まえる時は逃げるので、こちらも必死ですが、ケージに入れ終り、農場を離れ、いざ屠場に下ろす時になるとひどく申し訳ない気持ちになりました。生きれば10年も生きるのに、人間の都合でたった2年でお肉にされるのだから、当然といえば当然なのだけれど。鶏肉の案内用紙にも書いたように、頭では、ここの鶏は近代養鶏と違うんだ、とか、生きている間彼らがどのように生きたのか、それが大事なんだ、とか偉そうな事を言っていますが、それは言ってみれば人間の側にある意味・理屈の世界。それを与え合って満足している。実際にはそこに鶏はおらず、鶏の姿をした意味を乗せるためのモノがあるだけだ。鶏はそういう世界を生きてはいないのだから、40日で肉になろうと、2年で肉になろうと同じなのかもしれない。そんな事をぐるぐる考えながら帰ってきました。(鶏の事は鶏に聞いてみないと分かりませんが、人間(社会)にとっては40日で肉になるとの2年で肉になるのは全然意味が違う)
 「高級○○地鶏○○円!!」のような商品コピーと比べると、随分湿っぽい事を書いていますが、鶏担当としての気持ちをこうして週報に載せてお届けできるのは良いコトだなぁと思います。「まがりなりにもプロなんだったらそんな事を言うか?」という意見もありそうですが、精神的な負担を一方に置き去りにして、自分たちはおいしいところだけいただく、というのが現代社会の闇の部分だと思うのでそこにはきちんと対抗したい。そういう訳なので、気持ちはすっきりせずなんだかモヤモヤしながら、そして感謝していただく、というのが正しい姿勢だと思います。まぁ、食べれば美味しいですからね。ちなみに、歴史的には野鳥の時代から何千年とかけて馴化して、ようやくこんなにおいしい鶏を食べられる時代になった訳ですから、人類の歴史の総体からみれば、「何をそんな事でぶつくさ言ってるんだ、ありがたく食え」と怒られそうですが。
(2011.10.14)


イバ
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by kurashilabo | 2011-10-15 21:16 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

農場で結婚パーティが開催されました

去る9月24日、晴れ渡る秋空の下、2008年にはじまった「やかまし村企画」で出会ったカップル(はる&まっきー)の結婚パーティを開催することができました。
このパーティを主催したのは、やかまし村のコアなメンバーたち。ふたつき前から企画、運営をスタートさせ本番に臨みました。

装飾チームは農場という特殊な場所を結婚パーティ会場に様変わりさせるべく、前日からやってきて神楽舞台とツリーハウスを装飾。
会場づくりチームは、立食パーティとはいえ椅子があったらいいなと、間伐材で椅子を作り足し。
料理チームは、80人分のお料理のために、野菜の皮をむき、切って下ごしらえ。前日はさながら文化祭前夜。
前入りメンバーのこうしたがんばりにプラスして、引率班は当日東京からバスでやってくる50名の参加者を案内。とみんなが一丸となって、はる&まっきーのパーティを支え、盛り上げました。

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みんなから祝福を受けた二人、その二人のために力をつくしたみんな。どちらもとっても満足で幸せな笑顔をしていました。そんなポジティブで明るい波動が、大地やすべての生き物たちにも伝わり、光満ちた空間には、よい精霊がたくさん集まってきて明るい未来も引き寄せられることでしょう。(鈴木さんが代表人挨拶で「祝福は双方向です」って言っていました。)

次は11月12日!ツリーハウスを建てたリーダーカップルが、ツリーハウスで結婚式をしたい!と、自分たちの結婚式をセルフプロデュース。すでに着々と準備が進んでいます。こちらも関わるすべての人たちにたくさんの祝福をもたらしてくれるとことでしょう。(姜)
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by kurashilabo | 2011-10-01 09:30 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

ぶー油(ラード)について

農場にはたくさんの人が来る。だから、料理に使う油の消費も激しい。
現在の栄養学?では、油脂も塩と同じ様に、摂り過ぎ注意というのが先行してしまう。
しかし油脂は三大栄養素の一つで、効率の良いエネルギー源であり、油性ビタミンも含まれている。油脂が悪者のイメージが強くなったのは、塩と同様に、品質の低下が原因ではないかと僕は思っている。

塩については、後日(僕のスイッチがONになれば)書くとして、今回は油脂についてちょいと掘り下げてみたい。
油脂の品質低下の理由として、非玉搾り(圧搾式じゃない)や過度の精製があげられる。さらに2009年に福島みずほ消費者担当相が話題にした「トランス脂肪酸」。かなり前から、健康オタクの中では、マーガリンはやばい!と言われていたのだが、難しい専門用語は眠くなるので、わかりやすく説明したい。

バターよりもマーガリンを選ぶ人って、マーガリンが植物油脂だからだと思うのだが、ここで疑問。マーガリンは植物油脂なのに、なぜ常温で固まっているの?答えは水素付加して固めている。この時に副産物としてトランス脂肪酸が生成するというのだ。
その他に、植物油の精製に際し、脱臭の過程において生成したり、油を高温で加熱する調理過程においても生成する。アメリカではトランス脂肪酸のことを、狂った脂肪酸だとか食べるプラスチックだとか言うらしい。トランス脂肪酸に限らず、酸化しない油だとか、コレステロールを下げるだとか宣伝されている健康油ほど、添加物(乳化剤・酸化防止剤)が入っており、逆に体に悪そうだから笑えるのだが。

さて、農場も油を自給するには、菜の花プロジェクトかと考えたが、ぶー油があるではないか!ということで油脂自給率アップ達成。動物性油脂=コレステロールって思われるけど、油脂の酸化という点で、植物油脂よりも動物油脂の方が圧倒的に酸化に強いのである。(はい飽和脂肪酸ですね。あっ専門用語でちゃいました。)酸化した油脂は、活性酸素同様に強い酸化作用を持つので危険危険。

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ラードをお試ししたい方は、1本400円で販売しております♪コレステロールがどうしても気になる方には、オレイン酸含量が高い「エキストラバージンぶー油」も同じ価格で量が少なめで販売しております。

最後に~油脂の良し悪し、植物油脂と動物油脂の摂取バランスもあるけど、自分の体からのサインを僕は重要視している。例えば、外食で揚げ物を食べた時の胸焼けである。


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by kurashilabo | 2011-09-10 13:32 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

日常のひとこま

今年の夏はバジルペーストを作ろうと心に決めてました。
お盆のさなか母屋の東側にある小さな自給用畑に植えたバジルが盛りを迎えていたので、全部刈り取って二日がかりでペーストにしました。
なんでそんなに時間がかかったかというと、すでに花が咲いていたバジルを全部刈ったのでそれを選別、そして洗って水を切るためにしばらく干すという行程があって、それにやたら時間がかかりました。
お盆中遊びにきていた会員さんと一緒に作業。
一人じゃ絶対途中でめげてました。(苦笑)
でも、できあがったバジペがとっても美味しくて、パスタにしたり、オーブン料理に使ったりと重宝しています。
加工品作りは手間がかかりますが、かかった時間の分、手間の分だけ心がこもる気がします。
生活に欠かせないお料理とか片付けとかを大切に丁寧に行うことで、暮らしを豊かにしていけたらな、と思います。

(姜)
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by kurashilabo | 2011-08-27 12:13 | 週報からの抜粋 | Comments(0)

平飼いは昭和っぽい

情緒的な話ですが、農場のような平飼いの鶏って昭和っぽくていいんですよね。
みんなで一斉にご飯を食べる、採卵箱は立ち代り入れ替わりの銭湯方式。寝る時は全員揃って雑魚寝。
平成は個の時代でしょう?ご飯は一人、お風呂も一人、寝るのも一人。
会社なんかじゃあ社員ごとに仕切りがあるところもあるらしいじゃない。
だから鶏にも仕切りがついちゃって、成績が悪けりゃ首切り。
全く時代が時代なら人も鶏も大変だわね。
昭和方式はもちろん卵産まないでタダ飯喰らってる鶏もいっぱいいるし、いっつも形の悪い卵しか産まないやつもいるし、割れた卵ないかなぁ~って物色するタチの悪いやつもいる。
けどそういうグレーで曖昧なやつらでも受容できる世界観があるんですよね。
まぁ、一概にこっちがどうで、あっちがどうで、とは言えないけど。
さて、鶏ちゃんにご飯あげてこようかしら。

イバ
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by kurashilabo | 2011-08-27 12:05 | 週報からの抜粋 | Comments(0)