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里山と田園回帰④

 このところ「田園回帰」ということばを耳にすることが多い。多くの場合、「消滅」がささやかれる地方の再生の話題と結び付けて。「都市の若い世代のあいだに地方移住を考える人が急速に増えていて、これまでの地方から都市へとは逆の人口流動が起きている。彼らの動きとその活用が地方再生のカギとなるだろう。更にはそこに都市と地方の共生や持続型社会への希望の芽がある…」といった具合に。しかし早くに田園回帰した身でありながらボクはこうした論調に何かしら安直さ、居心地の悪さを感じている。少なくとも全面的には賛同できないものがある。

 こうした論調は安部政権の「地方創生」とも重なっている。それぞれ思惑は違うとしても論理構成はほぼ同じだ。政権は200億円規模で「地域おこし協力隊」事業をスタートさせたり、他にも就農準備金の支給など様々な形で田園回帰を政策的に支援している。地方自治体の多くも住宅の取得、仕事、農業技術の習得等々の面で様々な支援策を講じて若い人たちの地方への定住を誘っている。(しかし、地域社会にはこのような補助金行政に対し「移住者ばかり優遇している」という不満があるようだ。「週刊朝日」の最新号の記事「地域おこし協力隊のトンデモ実態」もそのような背景があって出てきたとみるべきだろう)

 メディアの果たしている役割も大きい。いやむしろこれこそがより本質的とみるべきかもしれない。昭和の時代、テレビで地方を扱った番組の代表的なものとしてはNHKの「新日本紀行」がある。そこでは地方の暮らしは失われてゆくものに対する愛惜の念と共に紹介され、田舎は遠くにありて想うものであった。都市と田舎の区別がまだあった時代のことである。今のテレビに登場する田舎はごく身近だ。ツルベェさんやら所さんやらが突然登場して人を驚かし、その土地の人情や名物を紹介したり、もっと端的には「ダッシュ村」の企画など田舎はバラエティーのネタとなっている。本屋に行けば田舎暮らしから農業入門まで実の多くの雑誌が並んでいる。売っているのだからそれだけニーズがあるのだろう。そこでは田舎のジィバァも若い人も明るく笑っている。沢山の田舎物件の紹介もあり、不動産雑誌という性格もある。農業高校を舞台にしたマンガもベストセラーになっている。豚や鶏の飼育などが漫画の素材になるなどかっては考えられないことだった。こうしたメディアのあり方が今の若い人の田舎イメージを作り、身近で「そんな生活もあるかも」と思わせている。田園回帰と言う現象はこうしたメディアの変化とパラレルだということはもっと注意されてよい。

 また、先回も触れたように田舎暮らしのためのインフラが格段に整備されたことも大きい。モータリゼーションの発達と道路の整備、コンビニ網と郊外型モールの拡充、宅配という物流システムの完備、とりわけICT(情報通信ネットワーク)の進化でどこにいようと情報の送受信が可能になったこと。これらはポスト昭和の高度産業社会の成果だが、この「都市の外延」によって「田舎暮らしという名の都市生活」が可能となった。これもまた「移住」をあと押ししているはずである。

 このように、高度産業社会の成果の上でメディア、「論者たち」、政権が掛け合いながら都会の若者をあおって「田舎」に押し出しているのだが、一体彼らは若い人に何をやらせようというのであろうか。田舎に何があるというのだろう。誰が彼らの人生に責任を負うのだろう。「地域おこし協力隊」に補助金目当てで応募した多くの人もその補助金の出る3年を過ぎた後、どう暮らしを立てていくのだろう。彼らが大規模農業経営者となるハズもなく、自給的少量多品種生産などしても多くの場合それは一生貧困と同義ではないか。田舎にはやりがいのある雇用も少ない。むろん上手に振舞って「成功」する人はいるだろう。しかし多くは半難民化するのではないかと危惧している。(鈴木)
by kurashilabo | 2016-06-18 11:56 | 鈴木ふみきのコラム