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ふみきコラム ~安保法制反対の集会に行ってきた

 8月30日の安保法制反対の集会に行って来た。体調が万全とは言い難いので、とりあえず行って、参加して、帰ってくる、それだけでひと仕事ではありました。あまり押し合いへし合いするところには行きたくなかったので、近くの歩道に腰掛けてスピーカーから流れる政党党首や坂本龍一氏やらのスピーチを聞いていた。もっとも歩道も十分混雑してはいましたが。翌日の新聞によれば何万人集まったとか、若い人たちがどうのとか書かれていたけれども歩道から眺めている限りではやはり中高年が多かったし、プラカードも9条や戦争法案反対、反安保、等々というものがほとんどでこれといって新味もないように思われた。むろんそれが間違っているという訳ではないが、そんな言葉では今の社会の底にうごめいている大衆心理をつかむことも、リアルな国際政治環境に対応することもできないのではなかろうか。そして集会に参加しながら全然気分の高揚も無く「のっていない」自分に気づき、何かそこにいるのが場違いのようにも思われ、そそくさと帰り支度をしたのでした。

 ボクは今のところ憲法を擁護しているし、その“青くささ” も嫌いではないがヘンな憲法だとは思う。憲法を発布する政権がその時実態として無かったということが第一(形としては日本政府が発布している)。憲法はその国の基本の形を内外に知らしめるものであるから普通はその前に新しく打ち立てられた国(革命政権)が実力として存在する。フランス革命があった後にフランス憲法はでき、イギリスから独立したあとにアメリカ憲法ができ、ソビエト政府ができてソビエトの憲法ができ、明治政府が成立した後に明治憲法ができる、そういう順序だ。

 しかし日本国憲法はそうではない。日本は占領下にあったし、その時政権の座にいた人たちはまだ旧体制の延長であったから新しい憲法を作る力量もなかった。今の憲法はGHQの民生局が中心となって起草されている。そこに日本人による憲法草案も勘案されているとはいえその事実は変わらない。日本の敗戦が前提となっていたから、日本を未来にわたって軍事的に無力化するという目的がそこにはある。しかし同時に(民生局のリベラルな人々を中心とした)理想主義もそこに同居している。第2次大戦を経験して彼らもまた戦争のない世界を夢想して「アメリカ憲法より理想主義的な」憲法草案を「押し付けた」。それが、「戦争はもうこりごり、軍国主義はこりごり」という大衆心理に広く深く受け入れられていったということなのであろう。大戦直後、冷戦直前というごく狭い時空の中で生まれたのである。それは歴史のエアーポケットのような時空であった、その数年後、冷戦構造が姿を現し、朝鮮戦争の時にはアメリカはもう日本の再軍備を望んでいた訳だから。
日本国憲法は私生児のようなものである。産みの親からは後悔され、そのアメリカとつるんで戦後一貫として政権を担ってきた政党は改憲を党是としているんだから。そしてその政権に反対する人々が護憲を叫ぶ。これは本来逆であるはずなのだ。政権党に大切にしてもらえないかわいそうな憲法。

 それでもこれまでの保守政権は9条をやっかいなものだと思いつつも、拡大解釈(個別自衛権、専守防衛なら軍備もOK)と日米安保という形でリアルポリティクスとのバランスをとってきたように思う。保守であれ戦争経験者には9条の理想主義を笑うことができなかったのではなかろうか。それが戦後だ。大衆もまた、その欺瞞を承知で、大半の左翼まで含めて、それをよしとしてきた。本気で反対した人はほとんどいない。理想主義憲法を生き延びさせようとすれば欺瞞も必要だったということであろう。安部(政権)にはその躊躇が感じられない。彼は本気で9条の理想主義を笑っている、冷戦後の安保環境の変化、とりわけ中国の台頭を理由として憲法の欺瞞を含んだバランスを「戦後レジーム」として笑っている。

 日本国憲法はそれを生み、育てる主体のないまま形だけが与えられた憲法だった。戦後政治は改憲と護憲という「政治」に振り回され、結局それを担う主体を育てることに失敗してきたのかもしれない。もし今の「反安保法制」の運動に意義を求めるとすれば、その理想主義と防衛を含めたリアルポリティクスの間を架橋する困難な思考と覚悟が必要なはずなのだ。 S
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※写真はネットから拝借しました。
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by kurashilabo | 2015-09-05 10:25 | 鈴木ふみきのコラム | Comments(0)
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